【最近の講演会より】三菱商事とマルハニチロ「アトランド」深層水で入善産サーモン陸上養殖
アトランドをサーモン陸上養殖の最初の成功事例にしたい
富山湾の海洋深層水を有効活用し幅広い分野への利用研究や事業化を促進する事業者等による「富山県深層水協議会」(会長藤井侃五洲薬品社長)の「とやま深層水フォーラム2022」で、2022年10月入善町に設立されたアトランティックサーモンの陸上養殖事業の新会社「アトランド」の取り組みについて丸山赳司社長(写真)が紹介する。
「アトランド」は海洋深層水、黒部川伏流水を使って、アトランティックサーモンの陸上養殖を行う会社として2022年10月、入善町に三菱商事とマルハニチロが合弁で設立した。
世界で養殖されるサーモンの9割はアトランティックサーモン
シャケやサケ、マスと呼ばれるものもすべてサーモンで、年齢によって姿形が代わる。アトランティックサーモンは全長1メートル程で脂がのっていてスモークにするとおいしい種類である。マルハニチロが10年以上続けている寿司のアンケートでは、サーモンは11年連続で好きなネタの1位、特に子どもや若者を中心に幅広い世代で人気があるようだ。昔は刺身だとにおいが強かったり、食中毒の問題もあったりしたが、今は養殖対策はもちろん、流通時の寄生虫対策技術によって刺身でも大変おいしく食べられる。
サーモンの一生は、例えば天然のシロサケは、北海道に遡上して川で冬に卵を産み、卵は春頃、稚魚に成長する。春から夏に川を出て旅立ち、オホーツク海に行ってしばらく過ごすと、冬には北太平洋へ移動する。アラスカ湾とベーリング海の間を回遊して大きくなり、5年位たつと成熟して産卵できるようになり、北海道へ帰ってきて卵を生む。
養殖のサケは通常、海と陸の両方の環境で育てられる。卵から稚魚になった後、淡水の施設で100グラム位の大きさまで育つと、海の中に作られた生け簀に移され、2年位かけて4~6キロ位のサイズにまで成長する。
サーモンは各国で需要が伸びており、現在、世界で280万トンが生産され、チリで100万トン、ノルウェーで145万トン生産されている。うち9割がアトランティックサーモンだ。日本の捕獲漁業生産量は321万トン(2020年)でうち養殖魚は100万トンなので、世界では日本の養殖魚の3倍くらいのサーモンが養殖されていることになる。
デジタル技術で飼育環境をすべてコントロールする循環型生育環境を構築
生産量は年々増加しているが、海での養殖には限界がある。海水温が低く、波の穏やかな地域でなければ育たないから、養殖地は南極に近いチリや北極に近いノルウェーの特にフィヨルド海域に限定されている。その上、赤潮やウミジラミなど寄生虫の発生、サーモンが海へ逃げ出す可能性、アシカなどの野生動物が生け簀を破って食べてしまう恐れなどがあり、むやみに増やせない。
これらを克服すべく、いくつかの新たな養殖技術が試みられている。アトランドは生産に当たって、陸上養殖に関する世界最先端の知見を持つ当社のセルマック(ノルウェー)のノウハウに加え、AI・IoTなどのデジタル技術を駆使して飼育データの分析に基づいた外部環境に左右されない水温や酸素濃度など、環境をすべてコントロールできる最適な循環型生育環境を構築し、生産性の向上を図る。
ベテラン人材の経験と勘に頼るのではなく、企業全体として情報や知識を蓄積して、得られた生産ノウハウを次の養殖につなげていく。マルハニチロも様々な種類の魚の養殖を手掛けており、両社のノウハウを生かす。飼育槽は小さなものから大きなものまで複数あり、大きなものでは1尾5キロ程度にまで育て上げ、加工をして消費者に届ける計画だ。
入善は伏流水(地下水)が豊富である。淡水と海水が必要な養殖場において、その両方を深層水と伏流水という魅力的な条件で使えるのは日本、あるいは東アジアの中でも非常に稀有な場所であり、当地で生産の機会が得られることは本当にありがたい。
通常は水温を下げるために多くの電力を必要とするが、深層水は年間を通して約3℃と低温で、しかも清浄度が高く、エコに養殖できることが大きなメリットだ。現在国内で売られているアトランティックサーモンは主にノルウェーから空輸で届けられている。燃料代が高騰すると商品価格も上がり、現にコロナ禍前と比べて今は100グラム当たり100円くらい高くなっている。国内での陸上養殖ができれば価格の安定化が図られ、空輸にともなうCO2 排出量も抑えられる。
2027年に初出荷、1日平均約10トン、年間2,500トンの水揚げ目指す
総事業費は最大110億円を計画し、約7万平方メートルの敷地に大型水槽を備えた養殖施設を建設する。工場は設計段階にあり、2024年度中に着工、25年に稼働、27年に初出荷を目指している。年間2,500トン、1日平均約10トンを継続して水揚げできるようにする。飼育タンクの大幅な拡張はできないが、生産性をあげていけば将来的には水揚げ量を伸ばしていけるだろう。
入善は二大消費地である首都圏と関西圏に近いことも魅力である。スーパーや回転ずし店などが大きなロットでの顧客になると思う。ブランドとして根づかせ、中国や韓国などへの輸出にも積極的に挑戦していきたい。さらに、地元富山のます寿司の事業者とタイアップすることにより、新たなますの寿司を生み出すこともできればうれしい。
現在は世界中でサーモンの需要に生産が追い付かない状態にあり、陸上養殖は各国で始まっているが、いまだ成功していない。当社はこのギャップを埋め、アトランドを最初の成功事例に育てたい。
(文責・編集部)