揺らぐサムスン共和国:事業再編で市場変化に対応するサムスン電機

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 サムスングループの中でサムスン電子は売上・収益ともに断トツであるが、サムスンSDI、サムスン電機などもグループを形成する重要なポジションを占めている。サムスン電機の主な顧客は、サムスン電子及び関連企業、米国・アップル、中国・シャオミで、これらの販売先で売り上げ全体の38.5%を占める。

 サムスン電機の事業内容は、受動素子【MLCC(積層セラミックコンデンサ:半導体に電流を安定的に供給する部品)、チップインダクター等】を生産するコンポーネント事業部門、カメラモジュール・通信モジュールを生産するモジュール事業部門、半導体パッケージ基板・リジットフレキシブル印刷基板を生産する基板事業部門の3つの事業部門から構成されている。

 3部門の収益性を比較すると、営業利益の74.6%をコンポーネント事業部門が占め、モジュール事業部門12.9%、基板事業部門12.5%となっている(図表1)。昨年、収益性が低いプリント基板の営業停止を明らかにするなど、選択と集中による事業再編を推進している。

図表1 主力製品の現況(2021年1月1日~9月30日)
資料:金融監督院電子公示システム(2021年11月15日)より作成

 サムスン電機はMLCCが最大の収益源となっているが、トップシェア企業は村田製作所の40%、次いでサムスン電機23%、太陽誘電12%、TDK6%の順となっている。上位4社が80%のシェアを占め、特に高い信頼性が求められるハイエンドMLCCは日本企業の牙城であり、サムスン電機がどこまで喰い込めるかに注目が集まっている。

 サムスン電機の生産拠点は、韓国内では水原(スウォン)の本社を含む計3つの生産基地【水原、世宗(セジョン)、釜山(プサン)】と海外に計7つの生産拠点(中国4工場、タイ、フィリピン、ベトナム)を保有し、15の子会社と1つの孫会社で構成されている。

 昨年の実績を振り返ってみると、サムスン電機の主力製品であるMLCCが好調であったことに加え、半導体基板も収益性に寄与した。主力事業のMLCCは、最新のスマートフォンでは1台につき平均600~1,000個使われ、一般自動車には3,000個/台、電気自動車のように高品質・高信頼性が求められるMLCCには1万5,000個/台も使われる。さらに第5世代移動通信(5G)基地局に必要なMLCCは、既存の基地局(4G)に対して4倍以上を必要とし、ひとつの5G基地局に約2万個のMLCCが搭載される。

 サムスン電機は市場構造の変化に対応して、産業・電装用などの高付加価値MLCCおよび5Gスマートフォン・Note PC用パッケージ基板の販売増加、フラッグシップ用高性能カメラモジュールの供給拡大へと事業転換を推し進めている。

 こうした戦略転換が功を奏し、サムスン電機は、昨年の売上高が9兆6,750億ウォン(前年比24.8%増)、営業利益1兆4,869億ウォン(同62.9%増)、売上高営業利益率15.4%といずれも過去最高を記録した(図表2)。売上高が9兆ウォンを越えたのは初めてであり、営業利益が1兆ウォンを越えたのは、2018年以来3年ぶりである。

図表2 サムスン電機の売上高・営業利益の推移 (単位:億ウォン)
資料:金融監督院電子公示システム(2022年1月26日)より作成

 2021年11月、サムスン電機は、サムスン電子などと共にAR(拡張現実)ディスプレイ技術を開発する米国・デジレンズ(DigiLens:本社シリコンバレー)への追加投資(約5,000万ドル)を断行した。これによりARと仮想現実(VR)を実現するのに必要な核心部品を手に入れたことになる。

 デジレンズは、米国のARベースのホログラム・ディスプレイ企業のリーダーとして知られており、企業価値は約5億ドルと評価され、最近ではAR機能を組み合わせたスマートメガネなどの開発で注目されている会社である。

 サムスン電機は、3部門の中で売上・収益ともに弱かった基盤事業部の再編にも積極的である。これまで赤字幅が大きかったHDI(高密度インターコネクタ)生産ラインを釜山(プサン)工場からベトナムに移転・集約化を図った。

 ベトナム生産法人(従業員数6,600人/2022年1月現在)におけるHDIの集約化と共に、サムスン電機はサーバー用フリップチップ‐ボールグリッドアレイ(FC-BGA)生産ラインの拠点化とインフラ整備を進めている。

 この結果、ベトナムへの累積投資額は、印刷回路基板(PCB)工場などの生産拡大のための追加投資9.2億ドルを含め22.7億ドルに達する(2022年2月現在)。

 FC-BGAは、高密度・高機能半導体パッケージであり、5G、AI(人工知能)、電装など半導体の高性能化に比例して基板階数が増えているため、スリム化など高難度技術が要求されている。サムスン電機の狙いとしては、パソコン用のFC-BGAにとどまらず、サーバー用市場に本格的に挑戦していく戦略を明確にしたといえる。

 このようにサムスン電機は、不採算部門を営業停止し、好調部門を積極的に展開する「選択」と「集中」を推進することで、新規事業の開拓と事業の多角化を同時に実現し、長年の課題であったサムスン電子への依存体質から脱却しつつある。

 サムスン電機はこうした基本戦略のもとに、5Gスマートフォン市場とサーバー・ネットワーク用のMLCCの市場拡大や中国・シャオミへのカメラモジュール供給増など、MLCCの高付加価値化と市場多角化という2方向の事業展開を明確化し、売上高10兆ウォン時代を迎えようとしている。