揺らぐサムスン共和国:サムスングループお荷物の電装事業に薄日
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
サムスン電子にとって電装事業は、半導体、5G(第5世代移動通信)、AI(人工知能)などの技術とのシナジー効果が期待され、サムスングループにとっても相乗効果を発揮しやすい事業分野とみられてきた。ところが期待に反して、サムスン電子そしてサムスングループからも電装事業の発展性に疑問符が付きつけられている。
2021年8月に発表された240兆ウォンの投資計画は、半導体とバイオにスポットがあたる内容であり、ここからは2018年の投資計画で有望事業として挙げられていたAI、ロボット、5G、電装事業などに本腰を入れるというメッセージが読み取れない。
5年前に李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が、電装会社ハーマンを80億ドルで買収して以降、目立ったM&Aがないだけに、より一層ハーマンの事業展開に注目が集まっていた。
ここにきてハーマンに少し追い風が吹き始めたようである。
金融監督院電子公示システムによれば、ハーマンの2021年1-9月期の売上高7兆1,867億ウォン、営業利益3,743億ウォン、売上高営業利益率は5.2%と改善し(図表)、買収前の水準にはまだ及ばないものの、買収後としては最高の利益率を記録した。

ハーマンの売上高と営業利益の推移(単位:億ウォン)
資料 : 四半期報告書(2021.11.15)より作成
21年1-9月期に貢献したのはデジタルコクピット(インフォテインメント システム等を通して安全な運転環境を提供する電装部品)で、その生産量が501万台(前年同期比22.2%増)を記録し、デジタルコクピットの生産ラインの稼働率が78.8%に急上昇したことが、売り上げと収益改善に大きく貢献した。だがサムスン電子の売上高に占めるハーマンの比率は、今年1-9月基準でまだ3.5%にとどまる。
ハーマンの21年の業績は、デジタルコクピットの売れ行き好調とともに、ハーマンのぜい肉体質を改善してきた効果がようやく表れてきた結果といえる。サムスン電子はハーマン買収当時100社以上の従属会社を抱えていたが、現在までにそのうち40社以上を統合あるいは整理した。
昨年はハーマン・コネクテッドサービス米州法人、今年に入り英国のプレミアムオーディオ企業Arcana 、11月にはA&R Cambridgeヨーロッパ法人とハーマン・コネクテッドサービスヨーロッパ法人を相次いで清算した。
体質改善にスピードを出したことも、売り上げと利益に寄与したとはいえ、電装事業の経営効率を引き上げるための選択と集中はまだ道半ばである。
デジタルコクピットは5GやIoT(モノのインターネット)との連携による革新的かつ本格的な新製品が開発されるまでには、相当な時間を要することもあり、ハーマンの今後の事業展開には不安がつきまとう。その最大の要因は、世界的な車両用半導体の供給不足が2022年末まで長期化した場合であり、その時、完成車縮小の影響は避けられず、デジタルコクピット、テレマティックス(車両無線インターネットサービス)、カーオーディオなどの電装事業全体にマイナス要因として作用するとみられる。
サムスン電子はメモリー半導体など少品種大量生産を得意としているが、顧客のニーズに応じなければならない多品種少量生産の車両用半導体を不得意としている。自動車には数多くのセンサや制御部品が入るため、自動車メーカーが求める車両用半導体は微調整を繰り返す多品種少量生産になる。
自動車メーカーからの受注が決まったとしても、細部にわたるやり取りから生産工程を準備するまでに、数か月からケースによっては1年以上の時間がかかる。これはサムスン電子のこれまでの成長を支えてきたビジネスモデルとは真逆な経営体質への転換が求められている。
加えて自動車産業には人命にかかわることから、安全性・高品質が求められる。車両用半導体を事業として成功させることの難しさは、自動車会社から25年の品質保証を求められ、生産工程の準備から事業として軌道に乗るまでに長時間かかるだけに、その間のリスクを織り込むと、十分な収益性をあらかじめ期待することができない。
既存の自動車業界は下請け企業とすでにピラミッド構造が完成しており、新たに参入するにも高い障壁を乗り越えなければならない。自動車メーカーの新たな下請け企業として受け入れられるには、共同開発に人材を派遣しなければならないこともしばしば発生し、想定外のコストがかかることを覚悟しなければならない。
これらのことがハーマンに重くのしかかっており、フォルクスワーゲンへのデジタルコックピットやフランス自動車メーカールノーと車両用サウンドシステムの供給契約に漕ぎつけたものの、他の自動車メーカーへの参入には目立った成果がない。
ハーマンはBMW、トヨタ、フォルクスワーゲンなど世界有数の自動車メーカーと協力関係を結んでいるが、新技術を搭載した電装製品が見当たらない現状では、当然、新規受注には至っていない。
こうした事業環境に追い打ちをかける事態がハーマンを襲っている。自動車メーカー自身がデジタルコクピット技術の自社開発に乗り出したのだ。現代自動車のエムビクス、ベンツのMBUXハイパースクリーン、BMWのiDrive8など、自動車メーカーがその技術を内製化しようと動き始めた。
サムスン電子のIR資料によれば、借入金を除いて保有する現金は、21年上半期末基準で94兆3,700億ウォンに達しており、資金力に問題はない。ハーマンに革新的な新製品が見当たらない現在、電装事業を後押しするような大規模買収もひとつの打開策である。
いずれせよデジタルコクピットの事業でやや薄日が差し込んだものの、最終的にハーマンが今後さらに飛躍していくためには、サムスン電子のシステムLSI事業部との連携だけでなく、サムスン電気、サムスンディスプレイ、サムスンSDIなどグループ企業も電装事業に力を入れ始めていることから、サムスン系列会社との多様なシナジー効果を生み出せるかどうかも、重要な試金石となろう。