揺らぐサムスン共和国:TSMCに差を広げられたサムスン電子

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢 

 現在、量産型のメモリー系半導体の時代から、AI(人工知能)、自律走行車、5G(5世代移動通信)時代に突入したことにより、オーダーメード型であるシステム半導体への需要が一気に拡大している。

 サムスン電子は、昨年5月には華城(ファソン)事業場にEUV(Extreme Ultraviolet:極端紫外線)専用ラインを基盤としたファンドリー生産ラインを着工し、平沢(ピョンテク)2ラインでは、V-NAND、超微細ファンドリー製品の生産計画も明らかにした。両プロジェクトは、今年下半期から本格的に稼働する見込みである。

 一方のTSMC(台湾:台湾積体電路製造)は、今後3年間に1,000億ドル投資すると明らかにした。最近、米国・アリゾナ州に120億ドルを投資して、5ナノ未満の超微細工程のfoundry生産ラインを着工し、さらに250億ドルを投資して最大5つの工場を建設する方針である。

 TSMCは米国だけでなく、日本の半導体研究拠点に370億円の投資、また半導体工場の建設を検討中との報道もある。

 TSMCとサムスン電子の業況を比較すると、サムスン電子は、収益性の面で差を付けられている。

 サムスン電子は今年第1四半期に半導体部門で売り上げ19兆ウォン、営業利益3兆3700億ウォン、売上高営業利益率17.7%を記録したが、一方のTSMCの売り上げは約14兆5千億ウォン、営業利益は約6兆ウォン、売上高営業利益率は41.5%と過去最高を記録しており、利益水準ではTSMCがサムスン電子の半導体事業部の1.8倍に達している。

 さらにサムスン電子の半導体事業部の中の非メモリー事業部をTSMCの売上高と比較すると、サムスン電子の非メモリー事業部の売上高は伸びているとはいえ、緩やかな成長にとどまっているのに対して、TSMCの売上高は急上昇していて、格差は拡大の一途を辿っていることが分かる(図表・1)。

図表・1 台湾・TSMCとの売上高の比較(単位:万ドル)
注:サムスン電子は非メモリー事業部の数値、2021年は推定値
資料:ハナ金融投資(2021年6月22日)

 これはサムスン電子がファンドリー事業において、根本的なボトルネックを抱えているためである。

 サムスン電子のファンドリー事業は、アップルやクアルコムを顧客としているため、最終製品でライバル関係にある。サムスン電子に委託することは、彼らの新製品情報を提供するようなものである。大手顧客は技術流出を危惧しており、サムスン電子のファンドリー事業の発展を抑える力に作用している。TSMCやインテルはファンドリー事業に徹し、最終製品に手を出さない。このため、顧客と市場で競合することはない。

 さらに半導体事業に米中対立に伴う地政学的問題が発生している。半導体の生産拠点は、台湾、中国、韓国などに偏在しており、米中対立は、これまでのサプライチェーンを見直す必要に迫られている。仮に台湾海峡で緊張が高まったとすれば、供給先を直ちに変更することを迫られ、たとえ変更できても安定した供給を受けるまでは、供給不足が表面化する。

 米中対立が、半導体の国内生産へシフトする力に作用しており、今や半導体産業が国家戦略の中心に位置づけられている(図表・2)。

図表・2 主要国・地域の半導体投資計画(2021年7月現在)
資料 : 毎日経済新聞(2021年7月19日)などより作成

 国家支援レベルと企業の投資意欲においても、欧米及び台湾の力の入れ方が、韓国より群を抜いて強い。しかもTSMCは最近、インテルとアップルなど顧客に3nm(ナノメートル、10億分の1メートル)の試作品を送るなど、3ナノ工程の導入時期を早めようとしているのに対し、サムスン電子は、3ナノ工程導入が当初目標より1~2年遅れる見込みである。

 このように悲観的な見通しに加えて、サムスン電子の場合、李在鎔(イ・ジェヨン)副会長の不在が大規模投資や大型M&Aの決断を鈍らせ、この7月になっても米国の生産拠点が決まらない。半導体ファンドリー事業強化策の遅れが、半導体事業全体の致命傷となる恐れが出てきた。