揺らぐサムスン共和国:5G市場の獲得に苦しむサムスン電子

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 米国政府は、昨年9月から華為技術(ファーウェイ)に対して高性能半導体の輸出規制を本格化している。高性能半導体は、スマートフォンや高速通信規格である第5世代移動通信システム(5G)の通信網などに幅広く使われており、人工知能(AI)など最先端技術においてもコア部品となっている。具体的には、自律走行車、ロボット・ドローンなどの制御、遠隔医療などのサービスへと広がる。

 華為が輸出規制の強化により米国市場から排除されたことから、サムスン電子はこの間隙を縫って、5Gスマートフォンや5G事業での米国市場拡大を狙っている。だがサムスン電子としてはこの状況を手放しで喜べない。米国の5G市場では米国政府が肩入れすると憶測されているエリクソンやノキアとの競争が避けられず、サムスン電子は、両社よりも5G技術において優位にあることを打ち出す必要がある。

 サムスン電子は2020年1月、5Gシステムネットワークの設計・専門のコンサルティング会社・米国のテレワールド・ソリューションズ(本社:米国バージニア州)を買収し、5G基地局市場で存在感を高める戦略に出た。さらに昨年9月には、アメリカ1位の通信会社・ベライゾン・コミュニケーションズから約66億ドル規模のネットワーク設備の長期供給契約を締結した。

 一方、米国市場から締め出された華為は、米国政府の制裁を受けているとはいえ、図表に示したように、昨年の世界通信機器設備市場において、依然として30%を超えるシェアを誇っている。この数値の背景には、華為が米国市場以外での開拓を強めていること、中国政府の補助金などの後押しを受けて、世界30カ国で5Gインフラ建設契約に漕ぎつけていること、などが挙げられる。

図表 2020年の世界通信設備市場の占有率(%)
資料 : 市場調査会社Dell’Oro

 さらに華為にとって有利に働いたのは、中国市場がコロナ禍からの回復が早かったことと、EU(ヨーロッパ連合)が基本的に軍事・原子力施設など重要なネットワーク領域では華為を排除するものの、それら以外の事業領域では自由に企業を選定して契約できたこと、などの要因がある。

 とくに華為は欧州市場への浸透を強めている。華為と契約した主な欧州の通信会社は、ボーダフォン・グループ(イギリス:世界最大の多国籍携帯電話事業会社)、テレフォニカ(スペイン:テレフォニカのドイツ部門)、テレノール(ノルウェー:国営通信会社)、テレコム・イタリア・モービレ(イタリア:略称TIM)などがある。

 サムスン電子は、今年に入りカナダ移動通信事会社サスクテル(サスカチワン州が運営する地域モバイル通信キャリア)と契約を結んだ。サスクテルの場合は、サムスン電子と5G基地局の独占契約する前、華為のLTE設備(Long Term Evolution:3Gを高速化させた携帯電話の通信規格)を使っていたが、今回、乗り換えた格好である。

 日本市場においても2019年10月、サムスン電子は、日本のKDDIと5G用基地局の整備に2023年までの5年契約(金額にして約2,155億円)を結び、今年に入ってNTTドコモから5G基地局の新規受注に成功するなど、積極的に展開している。

 またサムスン電子は先進国だけではなく、新興国で通信機器設備の巨大市場を形成しているインドに対しても、新たな生産拠点を計画している。

 今年3月末の現地報道によると、サムスン電子はインドの首都ニューデリー郊外にあるノイダ工場に4Gと5G通信装備の生産工場を建設する意向である。今回のサムスン電子の5G工場建設計画は、インドのReliance Jio Platforms(リアイアンス・ジオ・プラットフォームズ/コングロマリットのリライアンス・インダストリーズ傘下の会社)が進めている5Gネットワーク構築に深く関与するものと見られている。

 サムスン電子はリアイアンス・ジオに4Gネットワーク事業で移動通信設備の供給会社に選ばれた実績があり、しかもリアイアンス・ジオの4Gネットワークの規模は、単一国家としては世界最大であった。

 サムスン電子は、今回の建設計画において、インド政府が国内製造業を育成するために用意した投資制度である生産連携インセンティブ(PLI)を活用する考えで、PLIを申し込み受理されれば、輸入関税に20%の軽減措置を受けられ、建設計画が加速される。

 だが5Gを巡る世界的な覇権競争は、高速通信設備に留まらず、消費者向け製品に至るまで、激化の一途を辿っている。

 例えば、スマートフォン市場に占める5Gスマートフォンの割合は、まだ微々たる水準に過ぎないが、5GがAIやIoT(モノのインターネット)などとの融合により新しい製品やサービスなどが創出されれば、今後、消費者の購入意欲を大いに刺激すると期待されている。

 米国政府が華為を市場から追い出したことで決着したかに見えたが、華為は、5G特許で世界トップの実績を盾に、特許使用料をアップルとサムスン電子に賦課する方針を明らかにしており、決戦の舞台は第二ランドに入った。

 5G特許でトップにある華為が、米国の制裁に伴う損失を補填するとともに、高速通信インフラ整備を加速するとの意思表示と捉えられている。このため5Gの覇権を巡る競争は複雑化しており、サムスン電子の立場からすれば、5Gビジネスに米中対立の構図が絡む微妙な局面を迎えている。

 5Gのインフラ整備が欧米市場に留まらず、インドなどの新興国にも加速度的に浸透し始めている現在、サムスン電子としては、華為に対抗できる通信技術を確立し、その優位性を前面に押し出そうとしているものの、端末製品である5Gスマートフォンでアップルに先行を許し、5G市場の獲得に苦しい局面を迎えている。