揺らぐサムスン共和国:トップ不在に苦悩するサムスン電子

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 2018年8月、李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長は、2010年の5大有望産業に代わる4大未来成長産業(3年間に25兆ウォンの投資金額)を発表した。4大未来成長産業としては、AI(人工知能)、5G(第5世代移動通信システム)、電装部品、そしてバイオの4分野が掲げられた。

 ところが2021年1月、李副会長は朴槿恵(パク・クネ)前大統領への贈賄罪などで2年6カ月の実刑判決を受け、さらに法務部が、懲役刑の執行が終了した日から5年間の就業制限を言い渡したことから、李副会長はリーダーとして経営に参画する日は遠のいた。拘置所内から重要な案件の意思決定するのは不可能となった。

 2016年11月に電装会社ハーマンを80億ドルで買収したのを最後に、李副会長が4年前から約1年間拘束された時も、獄中で直接重要な懸案を報告受けて、一部意志決定にも関与したといわれているものの、4年半経った現在まで大型のM&Aは実現していない。

 李副会長が再収監されるまでの最近2年間の動きを検証すると、4分野の中でもAIと5Gに係る活動が目立つ(図表1)。李副会長不在の中、これらの新規事業分野に対して、サムスン電子はどのような意思決定を下していくのか、グローバル経営が円滑に運営されるのか、注目を集めている。そうした中で、昨年の研究開発費は21.2兆ウォンと過去最大であり、売上高に占める研究開発費の割合も9.0%に上昇している(図表2)。

2019年5月

 〃   7月

 〃   9月

 〃 10月

日本のKDDI、NTT経営陣と面談

孫正義ソフトバンク会長とAI協業について論議

サムスンリサーチ 技術戦略会議

日本のKDDIと5G設備契約

2020年2月

 〃   6月

 〃   9月

ブラジル・マナウス法人でスマートフォンラインを点検

セバスチャン スウ教授をサムスンリサーチ所長に昇格

米国・ホライゾンと8兆ウォン規模の5G設備契約

2021年1月 新年の4日、平沢(ピョンテク)事業場を訪問してfoundry(半導体委託生産)生産設備搬入式に参加、5日には水原(スウォン)事業場訪問、6日にサムスンリサーチで中長期新事業を点検、これらの活動を最後に収監


図表1 次世代新材料の発掘に向けた李在鎔副会長の活動と結末
資料 : 毎日経済新聞(2021年1月6日)及び現地報道より作成

図表2 サムスン電子の年度別研究開発費
資料 : サムスン電子「2020年事業報告書」(2021.3.9)

 また注目されるのは、サムスン電子はここ2年間、新規事業発掘に向けて2度の組織改革を図ってきたことである。

 サムスン電子の革新技術を支えている中核組織が、2017年11月に発足したサムスンリサーチ(SR)であり、この組織内に「革新サービス組織―Deployタスクフォース」を昨年末新設した。Deployタスクフォースの役割は新規事業の発掘であり、当面、社内から30名ほどが選抜されて動き出す見込みである。

 さらに、サムスン電子は既存のIT・モバイル(IM)部門の無線事業部に所属していたビッグデータセンターを全社組織に格上げして、部門間でのデータ共有化を積極的に運営することにより、データ分析による新事業・新製品の発掘を加速していく考えである。

 こうした一連の組織改革は、人工知能(AI)、ビッグデータ、5世代移動通信(5G)などを連携するアイデアから、具体的なプロジェクトを発掘する狙いがある。いわゆるオープンイノベーションの社内版である。

 ビッグデータセンターを全社組織で格上げしたことは、IM部門のモバイル製品に活用してきた段階から全社に広げることにより、TVなど家電製品に係る消費者データも加わることにより、新製品・新事業を生み出していく原動力としたい考えである。

 サムスン電子の狙いは、顧客ニーズがひとつの技術から生まれる単純製品ではなく、AI、5G、ビッグデータなどの組み合わせにソフト技術が活用されることで、革新的なサービス製品が生まれる時代を強く意識した改革にある。

 組織改革と同時に人事において目立つのは、2019年6月に招聘されたAI分野の権威といわれるセバスチャン・スン氏が、副社長から所長に昇格し、韓国を含む13カ国に設置した15のR&Dセンターと7つのAIセンターを掌握し、創造的アイデアのプロジェクト化を担うことになった。

 海外6カ所のAIセンターの基本的な役割は、AI家電が提供するサービスの改善業務を担っている。米国・ニューヨークAIセンターは次世代機械学習とロボットの研究、シリコンバレーAIセンターは言語・映像を正確に理解する仮想理解(Virtual Understanding)技術のAI研究、英国・ケンブリッジAIセンターはマイクロソフトのケンブリッジ研究所長を歴任したアンドリューブレイク博士とペンティク教授によるAIを基盤とした感情認識など「人間中心(Human Centric)AI」の研究、カナダ・トロントAIセンターは音声認識の研究、カナダ・モントリオールAIセンター(2018年10月新設)はマギル大学(1821年創立)、モントリオール大学(1878年創設)と連携し音声認識分野の研究、ロシア・モスクワAIセンターは数学と物理学などの基礎研究に集中する。

 サムスン電子は、李副会長が収監され経営にも参画できない状態が長引く中で、グループ全体を社会的価値観と共有する遵法経営の体質へと改善していくことを基本とし、持続可能な成長のために環境(Environment)、社会(Social)、支配構造(Governance)のそれぞれの頭文字ESGへの努力が求められている。