とやまの土木—過去・現在・未来(45) 富山県氷見市のイタセンパラ
富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 呉 修一
私は、以前から洪水や津波などの水災害に関する報告を行ってきているが、今回は富山県氷見市に生息する淡水魚のイタセンパラをトピックであげてみたい。水害からガラッと変わるが、水、河川というくくりでは全く相違はないと考えるのが我々の専門の水文学(すいもんがく)である。しかし、水環境・生態などの観点では筆者の専門とは異なるため、何かご指摘などあれば意見欄への記述を是非お願いし、活発なイタセンパラへの議論の入り口となることを望む。本報では、イタセンパラとは何なのか? 昨今の減少と絶滅の危機の原因は何か? 今後はどのような対策が必要なのか? を、筆者らの既往報告文1)の基礎的な調査結果をもとに記述してみたい。
イタセンパラとは?
イタセンパラはコイ科のタナゴ亜科タナゴ属に分類される淡水魚の一種である。生きた淡水二枚貝の鰓内に卵を産みこむという特徴的な産卵形態を有する純淡水魚であり、日本固有種である2)。イタセンパラはかつて琵琶湖・淀川水系、濃尾三川(木曽川、揖斐川、長良川)および富山平野の3地域に広く生息していたとされる3)。しかしながら、近年イタセンパラの数は減少していることから4)、レッドリストにおいて絶滅危惧IA類に指定されている(環境省5))。

図-1 イタセンパラが確認された河川の位置と大まかな生息区分1)

図-2 イタセンパラの写真(筆者が氷見ラボ水族館の水槽で撮影)
富山県では、氷見市の万尾川水系、仏生寺川水系で生存が確認されてきたが、近年では仏生寺川でイタセンパラが確認されなくなっている。イタセンパラの生息河川の位置と大まかな生息区分を図-1に示す。また、イタセンパラの写真を図-2に示す。図-2の写真は筆者が氷見ラボ水族館(詳細は後述)の水槽で撮影したものであまり良い写真ではないため、できれば他の写真をウェブなどで検索いただきたい。
氷見市で筆者らが河川調査を行っていると、多くの方に昔は河川のいたるところでイタセンパラを見かけたという話をお伺いする。真偽はともかく、昔は日本の河川でごく一般的にイタセンパラが見られていたのであろう。
氷見市教育委員会の活動
氷見市ではイタセンパラの生息環境が危ぶまれていることから、氷見市イタセンパラ保護増殖事業計画などを策定し、イタセンパラ保護池を整備し毎年約2000個体のイタセンパラの繁殖に成功するなど、事業を進めている6)。筆者も氷見市の西尾正輝氏からイタセンパラの活動のお話をお伺いし、河川工学の観点からイタセンパラの生息環境の評価に取り組む必要があると感じ、調査・研究でご一緒させて頂いている。
西尾さんのイタセンパラに対する熱意・活動は素晴らしく、富山県民としてお礼を申し上げたい。また、読者の皆様には、是非、氷見ラボ水族館(富山大学理学部・氷見市連携研究室)7)を訪ねてみてほしい。イタセンパラが見れるのはもちろん、多くの氷見市のイタセンパラの調査活動成果を学ぶことができ、西尾さんら職員、関係者の皆様の熱意を感じることができる。
イタセンパラの減少要因は?
イタセンパラの減少原因を考えてみたいと思う。淡水二枚貝に産卵するので、イタセンパラとセットでもちろん淡水二枚貝の減少要因を考える必要がある。既往研究から考察できるイタセンパラの減少原因は、外来種の影響、人為活動による水質汚濁や水理環境の変化、淡水二枚貝の減少、観賞魚としての乱獲などが考えられる。
今後は地球温暖化がイタセンパラの生存環境に影響を与える可能性がある。例えば、降雨・気温の変化が、洪水攪乱の頻度・規模や、イタセンパラの産卵環境に変化を与える事が危惧される8)。一般的に考え得るイタセンパラの減少要因を図-3に示す。現在、上記したように富山平野ではイタセンパラが氷見市の一部の河川で生存しているが、仏生寺川での減少が報告されている9)。

図-3 考え得るイタセンパラの減少要因1)
筆者らの報告文1)では、現地調査より、氷見市のイタセンパラ生息河川の灌漑・非灌漑期の水質の状況と河床材料の粒径分布を明らかにしている。その調査結果を簡単に報告する。まず河川の水深の状況であるが、対象河川全体で下流域の水深が深く、上流域が浅い傾向にある。このような下流域の深い水深はオオクチバスやカムルチーのようなイタセンパラを捕食する肉食性の大型外来魚の侵入・生息が容易であり、イタセンパラの生息には不適となる可能性がある。
次に河川水質の状況であるが、現地調査より、対象河川で全体的にDO濃度は高い値を示し、BOD濃度とSS濃度は低い傾向にあり、T-N、T-Pの栄養塩濃度およびクロロフィルa濃度が中・富栄養階級に属している。灌漑期には、農業用に水路を堰き止めるため水質は悪化し、BOD濃度が高くなり、T-P 、T-Nおよびクロロフィルa濃度も上昇している。このように灌漑期には水質の悪化が見られるが、全体的に対象河川の水質はイタセンパラの生息に十分適しているため、イタセンパラの減少を生じるような問題は、本調査では確認されなかった。
一例として、図-4に灌漑期(2019年6月5日)のクロロフィルa濃度と溶存酸素濃度の空間分布を示す。富栄養な状態ではあるが、DO濃度も高い値を示しており、イタセンパラの生息に問題はないと考えられる。しかしながら今後、過度の富栄養化と貧酸素の進行が生じないかなどは注視する必要がある。

図-4-1 クロロフィルaの空間分布(灌漑期:2019年6月5日)

図-4-2 DO濃度の空間分布(灌漑期:2019年6月5日)
次に河床の土砂の状況を報告する。淡水二枚貝は砂質が優先する底質を好む傾向にあり、多すぎる礫分や泥の優先などは好ましくないと考えられている。現地調査より、万尾川水系の河床材料は、砂分が多く、粒径が小さい構成であった。礫より砂質の河床を好む淡水二枚貝に適した生息場であるが、仏生寺川の中・下流では礫の含有量が高く、粒径が大きい礫分と砂分が混ざって構成された河床材料であった。このことから、仏生寺川の淡水二枚貝数の減少と礫分が多い河床の関係性および河床で礫分が高い状況を今後詳しく調査・解析する必要がある。これら調査結果の詳細は筆者らの文献1)を確認されたい。
以上、氷見市の万尾川水系、仏生寺川の河川水質調査により、イタセンパラ・二枚貝の生息に不適な状況は仏生寺川の河床材料のみが関連がありそうであった。今後は、何故このような礫化が進行したのか、河川人工構造物の設置、過去の洪水攪乱の経年変化などの影響を、継続的な調査や水文解析を通じて明らかにする必要がある。
今後、どのような対応が必要なのか?
今後も継続的に河川水質環境の調査・評価を継続して行っていく予定である。また、継続・長期的に仏生寺川の土砂の時空間分布を評価するとともに、降雨流出との関係、特に過去の洪水攪乱の状況や人口構造物との関係などを含めて、詳しく調査・分析を行っていく。これにより、イタセンパラ・淡水二枚貝類の生息に適した河川環境の定量的な評価とイタセンパラ数の減少の根本原因を少しでも明らかにしたい。
また、今後、他の河川でイタセンパラの放流に適した河川がないかを検討し、氷見市の保存池で保存・増殖に成功したイタセンパラの放流先の検討を進めることも重要となる。そのためには氷見市のみではなく、他の市町を含めた富山県の河川・水路の検証を進め、真に生息に適切した河川・水路を模索する必要もある。
その他にも、外来魚の生息状況を把握し、適切な駆除を定期的に行うことでイタセンパラなどの在来種を守ることは根本的な課題となる。また、今後の地球温暖化による気候危機が、イタセンパラ・淡水二枚貝にどのような影響を与えるか、これらも定量的に評価し適切な適応策を検討する必要がある。地球温暖化による水温上昇や洪水攪乱の増加に伴い、イタセンパラが絶滅することのないよう、適切な評価と対策の実施を急ぐ必要がある。以上により、イタセンパラと淡水二枚貝類の制限要因を明らかにし、その実態に即した対策を行う必要がある。
氷見市教育委員会のイタセンパラ保護活動へのサポートとして、教育研究機関、民間企業からの技術的な協力のみならず、県や中央省庁などからの支援、特に財政面での支援など、市・県・国全体での官民学の協力が欠かせない。そのためにも、イタセンパラの保護活動を通じて、環境、河川・水辺空間、生態系、文化・歴史、また日本固有の種を守り後世に継承する意義や教育効果など、今一度その価値を考える必要がある。
氷見市では、イタセンパラ観光なども企画検討されており、イタセンパラの生態観察や水辺空間巡りを楽しむ観光ツアーを通じて、多くの方に富山県氷見市を訪ねていただく機会にもなろう。そのためには、富山県民にはもっとイタセンパラに興味を持ってもらい、皆で保護していくという気持ちが必要と考える。よって、今後もイタセンパラに関する調査解析を進めていき、少しでも多くの興味深い情報を発信できるよう尽力していきたいと思う。
参考文献
1) 辺冠臻,呉修一,西尾正輝,川上僚介,高橋剛一郎:富山県氷見市のイタセンパラ生息河川を対象とした灌漑・非灌漑期における水質調査,富山県立大学紀要,Vol.30,pp.96-104,2020.
2) 環境省:レッドデータブック2014–日本の絶滅のおそれのある野生生物–4 汽水,淡水魚類,環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室(編),ぎょうせい,東京,pp 414,2015.
3) 中村守純:日本のコイ科魚類 (日本産コイ科魚類の生活史に関する研究). 資源科学シリーズ 4, 資源科学研究所, 東京. pp.56-65,1969.
4) 西尾正輝, 川上僚介, 川本朋慶:富山県氷見市万尾川および保護池における絶滅危惧種 イタセンパラAcheilognathus longipinnisの産卵母貝適性,魚類学雑誌,Vol.66, No.1, pp.7-13, 2019.
5) 環境省:環境省レッドリスト2019, 環境省HP(2020/12/15閲覧)
6) 氷見市:イタセンパラ(天然記念物),氷見市HP
7) 富山大学理学部山崎研究室:ひみらぼ (2020/12/15閲覧)
8) Uehara K., K. Kawabata and H. Ohta: Low temperature requirement for embryonic development of Itasenpara bitterling Acheilognathus longipinnis, Journal of Experimental Zoology, 305A, pp.823-829, 2006.
くれ・しゅういち 東京都出身。中央大学大学院理工学研究科修了後、カリフォルニア大学デービス校、北海道大学、東北大学災害科学国際研究所を経て、富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授。水工学、防災学などを専門とする。