揺らぐサムスン共和国:生産体制の再構築を急ぐサムスン電子

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 サムスン電子の‘中国脱出’は2018年からすでに始まっていた。この背景には、中国の賃金上昇が継続的に生産コストを押し上げていること、最近では米中貿易摩擦が激化していることで加速するなど、中国におけるビジネス環境が悪化していることが要因として挙げられる。

 その他、中国で生産された製品を米国向けに輸出するビジネスに関税が付加されるなど制約がかかったことと、中国市場そのものに右肩上がり一辺倒から見直す動きが出てきたこと、ベトナムやインドなどの制度やインフラが整い中国に代わる生産拠点として整備されてきたこと、などから中国拠点から脱出する動きが加速していた。

 いくつか具体例で確認してみよう。
 サムスン電子のスマートフォンの中国市場におけるシェアは、現在1%を下回る水準に落ち込んでいる。このため一昨年の5月と12月に深圳と天津の通信設備および携帯電話工場を閉鎖したのに続き、唯一残っていた広東省・恵州の携帯電話工場も、生産縮小およびリストラを実施してきたものの立て直せず、昨年末閉鎖となった。

 スマートフォン以外でも、今年7月に江蘇省蘇州市のパソコン工場の生産停止を発表し、9月にはサムスンディスプレイが所有していた蘇州市の液晶パネル(LCD)生産子会社を、中国家電大手のTCL科技集団(TCL)傘下の華星光電技術(CSOT)に10億8,000万ドルで売却した。これによりサムスンディスプレイとLGディスプレイも、2020年末までにテレビ向けLCDの生産から撤退することになった。

 また、サムスンディスプレイが現在80~90%の寡占状態を誇っている有機発光ダイオード(OLED)も、来年上半期にインドへ生産拠点を移すことにより、中国企業・シャオミなどとの差別化を明確にする狙いがある。

 中国企業もOLED採択率を引き上げており、主導権争いは激化している。OLEDの増産に走っているのは中国の京東方科技集団(BOE)である。BOEは重慶、福州、成都の工場拡張を積極的に進めることで、サムスンディスプレイの寡占状態を崩し、5年以内にOLEDのシェアを40%まで引き上げることを目標としている。

 サムスン電子の生産体制の再構築は、スマートフォン、パソコン、LEDにとどまらない。サムスン電子は今年末に中国・天津市のテレビ生産をベトナム工場に統廃合する。天津のテレビ工場は縮小を続けてきた結果、現在、年間100万台程度と小規模であり、工場労働者も300人ほどであり、閉鎖しても中国テレビ市場への影響は大きくはないと見られる。

 ちなみに、英国の調査会社オムディアによると、サムスン電子の今年上期(1~6月)の中国テレビ市場におけるシェアは4.8%と8位にとどまり、1~7位の上位はすべて、ハイセンス、スカイワース、シャオミ、TCLなど中国メーカーに占められている。

 スマートフォンほどテレビのシェアは低くないものの、中国市場でのテレビの販売不振や人件費の高騰から、中国製テレビの価格がサムスン電子のほぼ半額との水準にまで差を付けられおり、価格競争に勝つ見込みがなくなった。

 ただしサムスン電子の説明によると、テレビの生産拠点はなくなるが、中国のテレビ市場から撤退するのではなく、海外で生産されたテレビを今後とも中国市場に投入していくとのことである。

 中国製テレビについて付け加えるならば、日本国内の量販店でも、数年前まではLG電子のテレビが置かれていたが、今では日本製テレビの半値以下の海信集団(ハイセンス)や創維集団(スカイワース)など低価格テレビに入れ替わっている。

 こうしてサムスン電子のテレビ生産拠点は、中国からベトナム、メキシコ、ハンガリー、エジプトなどの工場に分散化された。中国生産拠点を軸として形成してきたサプライチェーンの再構築が進行している。

 中国拠点を見直すもう一つの重要な要因は、米中貿易摩擦の激化である。米国政府の対中制裁が強化していることに関連して、当初は華為が米国企業との取引を禁止するということであったが、米国以外の企業から供給を受けられるという抜け道をふさぐために、米国の製造装置や設計ソフトを使っていれば、米国以外の企業が作った半導体などの部品であっても華為に供給するのを禁じた。

 米中貿易紛争の長期化により、華為がスマートフォンの生産に必要な部品供給に支障が生じ、生産台数を大幅に落とすとの見通しが出ている。華為の空白期間が長引けば、他の中国企業の躍進を誘引するであろうが、サムスン電子にとってもスマートフォンなど、首位奪還のチャンスが巡ってきている。

 加えて、インドと中国はヒマラヤ山脈地帯での武力衝突(2020年6月)に端を発して、インド国内では中国製品をボイコットする動きが起きている。この影響でインドのスマートフォン市場では、中国企業・シャオミが今年トップを走っていたのが、8月にサムスン電子が逆転し、トップの座に返り咲いている。

図表 世界の企業別スマートフォン市場占有率(%)
資料 : カウンターポイントリサーチ

 中国生産拠点を早い段階から見直してきたことが、価格競争力の回復に結びついている。しかもサムスン電子にとって米中貿易紛争や中印国境紛争が、中国の主力企業に足踏みを強いている間、自社のスマートフォンやテレビ市場などの拡大に、追い風となっていることは明らかである。

 この結果、8月時点の世界の企業別スマートフォン市場占有率において、サムスン電子は華為から首位を奪還し、第3四半期のデータにおいては、サムスン電子の22%に対して華為14%に落ち込み、両社の差が8ポイントに拡大している(図表)。