揺らぐサムスン共和国:半導体の超格差戦略に未来を託すサムスン電子

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢  

 ソウル中央地検が李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長を不拘束起訴したことから、司法リスクの長期化が見込まれ、大規模投資や大型M&Aなどへのトップの意思決定に打撃を与えるものとみられる。前回指摘したように、大型M&Aは約4年間停滞していることから、サムスン電子の活路は、半導体の超格差戦略に委ねられている。

 2020年第3四半期は、半導体がほぼ前期並みの水準を達成し、加えてIT・モバイル(IM)部門と消費者家電(CE)部門の好調により、売上高66兆ウォン(約6兆円、前年同期比6.5%増)、暫定営業利益12.3兆ウォン(約1兆1,300億円、同50.9%増)、売上高営業利益率18.6%、と高い水準まで押し上げた。前期にはDS部門の半導体が営業利益の3分の2を占めていたが、今期は営業利益の約半分を占めたとみられる。

 半導体は今年上半期までは、華為(ファーウェイ)の在庫積み増しなどの特需で潤っていたメモリー系半導体需要も徐々に減少に転じ、DRAM(8GB)、NAND(128GB)、PC用(8GB)、サーバー用DRAM(32GB)価格がいずれも下落している。特に収益性の高いサーバー用DRAM価格は9月現在、3カ月前より15%下落していることから、今年のサムスン電子のメモリー系半導体への設備投資は減少する見通しである。

 サムスン電子が今後に期待するのは、昨年4月に「システム半導体ビジョン2030」で発表したファンドリー(半導体委託生産)事業であり、今年2月には華城(ファソン)事業場にEUV(Extreme Ultraviolet:極端紫外線)専用ラインを本格稼働したのに続き、平沢2ラインでは、V-NAND、超微細ファンドリー製品の生産も実施される。

 サムスン電子は、5月に極端紫外線を基盤としたファンドリー生産ラインを着工し、6月にはNAND生産ラインの増設に8兆ウォン投入するなど、今年上半期、半導体関連設備に14兆7,000億ウォン投資した。2つのラインは、来年下半期から本格的に稼動する計画である(図表1)。

図表1 サムスン電子の半導体生産基地・平沢の概要
資料 : サムスン電子および現地報道より作成

 しかし、サムスン電子が半導体で超格差戦略を謳いながらも、ファンドリー事業でサムスン電子に先行しているのは台湾のTSMCである。TSMCはすでに2ナノ計画を発表しているのに対し、サムスン電子は2ナノ計画については未発表である。TSMCを追撃するには、さらなる大規模投資が求められる。

 サムスン電子が警戒しなければならないのはTSMCだけではない。サムスン電子は、米中貿易戦争の渦中にあってもなお、中国政府の後押しで急成長している半導体企業の追撃に対抗しなければならない。

 世界第5位で中国最大のファンドリー会社であるSMIC(本社:上海、2000年設立)は、中国政府から2兆7,000億ウォンの投資と15年間法人税免除などの優遇策を受け、さらに最近上海証券市場上場(2020年7月)を通じて約9兆ウォンの資金を調達するなど、事業拡大に向けて活発に投資する構えである。

 サムスン電子にとって幸運にも、中国の華為技術(ファーウェイ)やメモリー系半導体が不安定要因を抱えていることである。今年9月15日から発効する米国政府の華為向けの生産と供給には、米国政府の事前承認を受けなければならなくなった。SMICも華為同様、米国の制裁の対象企業となったことから、半導体技術や設備をSMICに輸出するには、米国政府の許可を受けなければならない。

 サムスン電子だけをみれば、メモリー系半導体の華為への供給依存度が3.2%(2019年基準)と低く影響は軽微であるが、韓国全体では半導体の輸出先は圧倒的に中国である。韓国貿易協会統計によれば2020年1~7月の韓国の半導体輸出額547億4,000万ドルのうち、224億8,900万ドルが対中国輸出額で、その比重は全体41.1%に達する。次に半導体輸出の比重が高いのは香港である。香港経由で大半が中国に流れ込んでいるとみられることから、合わせて338億7,000万ドル、構成比にして61.9%に達する(図表2)。

図表2 韓国の国・地域別半導体輸出先
資料 : 聯合ニュース(2020.9.15)、原資料は韓国貿易協会

 中国市場縮小の影響や中国企業の追い上げはある程度抑えられたとしても、サムスン電子はファンドリー事業において、根本的なボトルネックを抱えている。TSMCはファンドリー事業に徹しており、製品化に手を出さない。このため、顧客と市場で競合することはない。

 サムスン電子のファンドリー事業は、アップルやクアルコムを顧客としているが、製品でライバル関係にある。サムスン電子のファンドリーに委託することは、彼らの新製品情報をサムスン電子に提供するようなものである。半導体の大手顧客がサムスン電子に設計図面を渡して注文するのを控える動きは当然であり、この結果、サムスン電子のファンドリー事業の発展を今後とも制約する力として作用するとみて間違いない。