とやまの土木―過去・現在・未来(42) 富山県の用水路転落事故-その原因と対策-(後編)

富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 星川 圭介 
事故の特徴と対策

 富山県内における用水路転落死亡事故の多くは小規模な末端水路で発生していることを、「前編」でお伝えしました。小規模な末端水路は水田地帯にくまなく張り巡らされていますので、水田と接する環境に暮らしている人であれば、非農家を含めて、だれでも転落の可能性はあります。そして転落の際、悪条件が重なった場合に死亡事故に至っているものと推定されます。いわば「日常どこでも起きうる事故」であり、対策はそう簡単ではありません。

 こうした「富山型」の事故を防止するために、昨年12月、富山県は「富山県農業用水路安全対策ガイドライン」(以下「ガイドライン」)を策定しました。以下、その内容を参照しながら、自分が、そして家族が事故に遭わないようにするにはどうしたらよいか、自分の地域をより安全にしていくにはどうすればよいのか、考えていきましょう。

一人一人が考え、行動する

図-1 危険啓発チラシ
(富山県農林水産部農村振興課、新川・富山・高岡・砺波農林振興センター、富山県土地改良事業団体連合会)

 「どこでも起きうる事故」への対策の第一歩は、住民一人一人が事故の実態を理解した上で、自分自身の行動に照らして事故に遭わないための方策を考え、それを実行することです。

 例えば、事故の多くは居住地の周囲で発生していますので、まずは事故が起きそうな場所が周囲にないか確認してみてください。

 また、転落事故の多くが歩行時や自転車移動時に発生していることから、特に高齢者が徒歩や自転車で移動するときは、転倒したときにも水路に転落しない位置を歩行もしくは走行することで、転落事故を防ぐことができます。特に自転車移動中の転落は衝撃が大きいため重篤な負傷につながりやすく、現に死亡事故も発生しているので、気を付けてください。暗い夜には路肩に用水路や落差のある道路を走らないようにするのが無難でしょう。

 ガイドラインのもと、こうした事故を防ぐために一人一人が知っておくべき情報のマルチメディア配信が進められており、下記はその一例で、富山県土地改良事業団体連合会が公開しているものす。ぜひ一度ご覧になってください。

地域の皆様への呼びかけ

人体模型を用いた水路における流下実験(動画)

農業用水路への転落事故防止 安全啓発(動画)

地域で共に考える

 とはいえ、一人一人ができることは限られています。地域住民が危険箇所に関する情報を共有し、一緒に対策を考えて実施していくことは、事故防止の上で非常に有効です。

 ガイドラインでは、その方法として住民ワークショップによる危険箇所マップ作りを挙げています。ワークショップとは「共同作業で何かを作り上げていく場」であり、この場合は地域の知識を持ち寄って危険個所マップを作り上げていく場となります。ワークショップに地域住民全員が参加するのは難しいかもしれませんが、作成したマップをコミュニティセンターなどに貼り出しておけば、幅広い地域住民が地域の危険個所を認知し、自分の行動を考えるきっかけになるでしょう。

 危険箇所マップを作製した上で、それぞれの箇所にどのような対策を行うかを考える上でも住民ワークショップは非常に有効です。「ここにこういう安全対策を設置すると、除雪や農作業の邪魔になる」ということや、「ここは子供が多く通るから、特段の対策が必要」といったようなことは、地域住民しか知りえないからです。

 地域でワークショップを開催するのはハードルが高いと感じられるかもしれませんが、用水路事故防止ワークショップの運営・取り回し役(ファシリテーター)役を担うべく、各市町村や土地改良区の職員が研修を受けています。今後、皆さんの地域で活躍していくことでしょう。

写真1 ワークショップ運営役(ファシリテーター)養成研修会を受講する自治体・関連組織の職員(撮影:富山県土地改良事業団体連合会 竹沢良治氏)

ハード・セミハード対策の実施

 危険箇所が明らかになったところでどのような対策を進めていくか。ガイドラインでは、工事を伴う蓋や柵の設置など恒久的な対策のことを「ハード対策」、その他比較的簡易な設置物を伴う対策を「セミハード対策」として、これらを組み合わせて安全対策を進めるとしています。ハード対策は費用も高額になりがちなので、まずは転落時の危険性が高い箇所から設置していくことになるでしょう。

写真2 セミハード対策実証実験の現場

 セミハード対策としては、転落を物理的に防止する簡易な柵や蓋のほか、水路の視認性向上のための道路標示や道路鋲、ポールの設置などが挙げられます。街灯が少なく、夜間に道路と水路の境目が見えにくい場所では、点滅する道路鋲を道路際に設置することにより転落の危険性を減らすことができるでしょう。また、赤色のポールを水路に沿って列状に設置することにより、歩行者への警告効果が期待できるかもしれません。

 現在、富山県立大学は富山県農村整備課の受託事業により、ポールや鋲の設置といったセミハード対策をより効果的に進めるための実証実験を行っています。具体的には、転落防止に最も効果的なポールの設置間隔や、最も視認性の高い道路鋲の種類などを、地域住民の方のご協力の下でアンケートなどにより調査しています。その結果は、ワークショップ等において安全対策を取捨選択する際の検討材料として提供される予定です。

誰が対策を進めるか

 ここまで住民の取り組みの話ばかりを挙げましたが、もちろん道路や水路の管理者である自治体や関連団体、地域の安全を担う消防・警察も対策に取り組むことは言うまでもありません。それぞれの立場において取り組むべきことを行い、相互に連携することが重要なのです。上記の通り、住民が行うワークショップに対して自治体は全面的なバックアップを行う体制を整備しています。

 近年、農村にも転入者や離農者などの非農家が増加しており、その中で住民間のコミュニケーションが希薄になったり、農業や用水路が一部住民のものという意識が広がったりしがちです。幅広い層の住民が集まって安全対策ワークショップを開くことにより、地域住民の相互理解が深まって、用水路事故防止のみならず、様々な面で安全で住みやすい地域になっていくものと期待されます。