市場縮小と後継者不足に悩む伝統産業 外国人市場の取り込みに活路
富山銀行(中沖雄頭取)は日本政策投資銀行と共同で「高岡/富山県西部の伝統産業再興への処方箋」と題したレポートをまとめた。高岡/富山県西部の伝統産業の状況を概観するとともに、有望分野である外国人市場の取り込みに意欲的な企業や支援組織にヒアリングし、今後の方向性について考察している。
富山県は国指定伝統的工芸品(伝産品)に6品目が選ばれており、都道府県別では全国11位の上位にある。6品目のうち5品目が高岡/富山県西部であるが、伝統産業を取り巻く経営状況は厳しく、市場の大幅な縮小を余儀なくされ、後継者不足も問題となっている。

販売額の長期推移
(注)2年毎の調査データを記載、井波彫刻は生産額
(出所)高岡市「高岡特産産業のうごき」等より作成
高岡銅器はバブル期までは成長を続けていたが、その後は減少に転じ、 直近の販売額はピーク時の3割以下に落ち込んでいる。鉄器は1970年代後半より長期低迷を続け、直近でピーク時の4%以下。井波彫刻はピーク時(1990〜91年頃)の1/3程度と、いずれも市場は縮小し続けている。販売地域は国内向けがほとんどで、近年輸出が上昇傾向にある高岡銅器・鉄器でも輸出割合は3%程度にとどまる。
従来の神仏具、茶道具などの需要減少に見舞われた高岡銅器は、近年はデザインに力を入れ、より身近で現代の生活様式に合った新商品の開発を進めている。ただ、加工従事者が高齢などの理由で「既存のままでよい」という意識も根強い。
高岡銅器・鉄器の鋳造・加工従事者数は減少が続き、直近では1990年の4分の1程度、60代以上の割合は約40%台で高止まっている。市の調査では半数以上の加工業者が「自分の代で廃業してもよい」と回答しており、継承すべき高度な技術が失われる危機に直面している。

後継者に関する意識調査結果
(出所)高岡市「高岡特産産業のうごき」より作成
変革へのチャレンジ
市場縮小と後継者不足という構造的な問題を抱え、伝統と技術の継承が危ぶまれるなか、鋳物メーカーの能作が革新的な商品を生み出し大きく成長したことで、若い経営者・職人を中心に変革にチャレンジしようとする動きもみられる。それらの企業は、成長の見込めない国内市場ではなく、外国人市場に目を向け、外国人が求める価値に合った商品の開発と販路開拓に活路を見出そうとしている。
今年2月、外国人市場の取り込みに意欲的な高岡/富山県西部の伝産企業8社に対しヒアリング調査したところ、現時点での海外売上高は総売上高の2割に満たない企業がほとんどだったが、需要は顕在化しており、今後の事業拡大が見込まれるという。
外国人市場を取り込む目的として、国内市場の縮小や競争激化への対応のほか、最初から外国人をターゲットにして事業展開する企業もあった。
海外での主なターゲット市場は東アジア・東南アジア、米国・欧州であり、中でも中国の富裕層を最大かつ最も重要なターゲットに位置付けている。比較的購買力の高い東南アジア(特にシンガポール)に注目している企業も多い。ただし、自社の認知度やブランドの価値向上の観点から、引き続き米国・欧州で高い評価を得ることを重視している。
海外向けは輸出コストを上乗せした価格で販売されるため、現地の富裕層が主なターゲットとなる。近年は、SNSを通じた情報発信や、現代的なデザインの採用等によって現地の若年層へも顧客の範囲が広がりつつある。
外国人市場取り込みの第一歩は海外展示会への出展であり、現地市場を肌で感じな がら学習する貴重な機会となっている。ただ、外国人に価値を理解してもらい、商品を購入してもらうためには、複数回にわたって海外展示会へ出展し、顧客ニーズを掘り下げていく必要がある。一回の出展や商談で大きな成功を遂げた企業はなく、幾度も挑戦と失敗を繰り返し、数年かけて取引にいたるというのが実状である。
多くの企業が、現地の市場に精通し、販路を有する現地の代理店を活用している。商品の良さを理解する代理店を得た場合は商品販売も好調で、現地の反応やニーズを伝えてくれるという意味においても重要な存在となっている。
産業観光の取り組みもプロモーションの一手段として有望視されている。外国人に日本の伝統技を直に体験してもらい、その価値を実感してもらうことで、商品購買に繋げるだけでなく、現地市場における認知度アップも期待される。インバウンドの帰国後の需要を狙った越境ECサイトの成果は、調査時点ではまだ限られていた。
伝統技を活かした外国人向け商品を新たに開発する場合、自社で収集した現地情報だけでなく、現地の代理店やデザイナー等から把握した顧客ニーズを取り入れたり、代理店と共同開発を行ったりしている。相手の生活スタイルや趣味趣向に適した比較的求めやすくシンプルな商品と、伝統的な技法や日本的な用途・デザインにこだわった伝産品の2ラインを展開している企業もある。
外国人市場の取り込みを支援する組織
公的機関による海外の販路開拓支援事業として、日本貿易振興機構(ジェトロ)富山の「伝統工芸デザイン製品海外販路開拓支援プログラム」がある。2012年より高岡市はジェトロ富山と覚書を締結し、地域の伝産企業による海外市場開拓に乗り出した。高岡商工会議所、富山県デザイン協会、富山県総合デザインセンター、高岡市デザイン・ 工芸センターなどとの連携し、欧米アジア等の富裕層市場の取り込みを目指した取り組みを展開している。
民間企業では、ジェック経営コンサルタント(富山市)が伝産企業に対し情報提供や海外進出戦略の作成、商談機会の創出等の支援を行っている。2019年5月には富山県西部観光社「水と匠」が民間主導で設立され、地域資源を活用した付加価値の高い観光商品づくりを進めている。
こうした支援組織へヒアリングを行ったところ、商品の価値をターゲットに合わせて分かりやすく伝えることや、伝産品の背景にある文化や歴史、商品の世界観について理解を得ることの重要性が指摘された。国や地域によってニーズや趣味・趣向は様々であり、ターゲットとする外国人市場の実体に合わせた商品ラインアップや商品開発も求められている。
外国人市場を取り込むためのポイント
調査を踏まえ、レポートでは外国人市場を取り込むポイントとして次の5つをあげている。
A. 外国人市場を自ら学ぶ
B. 自社の提供価値を整理する
C. 価値を分かりやすく発信する
D. 現地の共創パートナーを得る
E. 外国人向け商品を創る

外国人市場を取り込む5つのポイントの関係
これら5つのポイントは相互に関連しており、市場の反応をみながら、繰り返し学習していくことで、より効果的な市場の取り込みが可能になるとしている。
外国人市場の取り込み戦略が一定の成功を収めれば、海外で獲得した高い評価が内需を誘引し、自社の国内事業へのプラスの波及効果をもたらす。先進的な伝産企業の意気込みや成功体験は、同じ地域内の他の伝産企業にも伝播していき、産地としての認知度・ブランド力向上といったプラスの波及効果をもたらすことも期待できる。
伝産企業の多くが構造的問題を抱える中小企業であるため、自社単独で戦略を遂行していくには限界がある。自社にはない高い専門知識やノウハウ、ネットワーク等を得るには、国内外の「共創パートナー」の力を借りる必要がある。伝産企業と共創パートナーを適切に結び付けるためにも、地域の支援プラットフォームの機能が重要だとしている。