とやまの土木—過去・現在・未来(30) 緊急時の水利用と地下水

富山県立大学工学部 環境・社会基盤工学科准教授 黒田 啓介
はじめに

 水道普及率は98%を超え、水道は私達の暮らしを支える基盤として不可欠です。しかしながら、地震、津波、洪水、土砂崩れといった自然災害や、水質事故、テロ、施設の老朽化に伴う破損といった事故は、ときに長期間にわたる断水をもたらすことがあります。東日本大震災時には19都道府県の264事業者において約257万戸の断水が発生し、発災後1カ月後でも30万戸以上で断水が続いていました(図1)。

 このような緊急時には、各自治体は応急給水や応急復旧等によりすみやかに水需要に対応することが求められる一方、自助による水の確保も当然ながら重要です。本稿では、緊急時における水の確保と地下水の利用について紹介します。

図1 東日本大震災時(2011年3月~8月末)の断水戸数・断水市町村数の推移。4/7日の余震による断水戸数も含む。発災直後、特に3/11~3/14は断水情報が十分収集できていないことに注意。[1]より著者作成。

緊急時の水供給

 厚生労働省では、各種事故・災害時において対応する各自治体のマニュアルづくりを支援する指針を定めています[2]。この指針は、地震、風水害、水質汚染事故、施設事故・停電、管路事故・給水装置凍結、テロ、渇水、災害時相互応援協定、新型インフルエンザ、水道分野における情報セキュリティ、とケース別に定められており、それぞれ具体的なシナリオが想定されたものとなっています。

 では、これらのマニュアル策定指針において緊急時の水供給がどのように想定されているか見てみましょう。厚生労働省による地震対策マニュアル策定指針[3]では、応急給水目標の設定例として、地震発生からの日数ごとに目標水量、運搬距離、給水方法が示されています(表1)。ここでは、地震発生から3日までは生命維持に必要な水量として一人一日3L、10日までは炊事、洗面、洗濯などの最低限の生活を営むために一人一日20L、21日までは風呂やシャワーを含めた水量として一人一日100Lが想定されています。

表1 応急給水の目標設定例(厚生労働省による地震対策マニュアル策定指針[3]、原典は水道技術研究センター(2008)[4])

 現在、多くの自治体ではこれに準じて目標が設定されています。一方、想定されている給水方法には給水車や拠点給水施設だけでなく、各家庭や事業所に備蓄されているボトル水の使用も含まれている自治体があります[5]。また、表1の期間別に定められた水の運搬距離も注目すべきです。平時より私達一人一人が水を備蓄しておくことはたいへん重要であるといえるでしょう。

 また、緊急時には消火用水、医療用水(応急医療および入院患者の継続医療など)、役所や物流拠点等の活動維持のための用水など、生活用水以外にも災害発生後の期間に応じて様々な水需要が発生し、自治体はこれらにも対応する必要があります。

緊急時の地下水利用

 さて、緊急時のように清浄な水の入手が限られる場合、補助的に利用される代表的な水が地下水です。地下水は面的に分布しており、井戸とポンプ(電動または手動)があれば水が得られるため、これまでの災害でも役立ってきました(例:表2)。

表2 阪神・淡路大震災時における地下水の利用状況を紹介した主な記事[6]

 現在、多くの自治体で災害時使用を想定した「防災井戸」を所有するほか、個人宅や事業所が所有する井戸を「災害時応急井戸」「災害時協力井戸」などとして登録が進んでいます(写真1)。

写真1 左)環水公園内の防災井戸(既設の消雪用井戸を利用。文献[7]より)、右)東京都文京区の防災協定井戸(著者撮影)。

 これらの井戸は多くの場合、災害時には飲料用ではなく生活用水として使用されることが想定されています。東日本大震災時の仙台市では個人が所有する災害応急用井戸の8割、事業所が所有する災害応急用井戸の7割が利用され、その多くで近所への提供が行われました(図2)。

図2 東日本大震災時における災害応急用井戸の利用状況に関するアンケート結果([8]より著者作成)

 お住まいの地域に防災井戸があるかどうかは市町村に問い合わせるのがよいかと思います。富山市では、市が管理する道路消雪用井戸のうち25の井戸が緊急時給水栓として使用できることになっており、1つの井戸で5000人に生活用水を供給できると試算されています[9]。富山市のウェブサイトで設置位置が確認できるので、近くにお住まいの方はぜひ最寄りの地点をチェックしておくとよいでしょう。また、全国の災害時協力井戸に関するリンク集[10]もあります。

災害が地下水に与える影響

 地下水は地層中を長い時間流れているため流量・水質ともに安定しているのが特徴ですが、一方で地下水も災害による影響を受けることが知られています。

 東日本大震災時では津波によって使用不能になった井戸が目立ちました(表3)。これらは海水が地表に浸透したことによる塩水化や、井戸蓋などの地上構造物が津波により破壊されたことが原因です[11]。津波被災地における地下水調査では、塩水化の影響が数年間続いていたことがわかっています[12]。他にも、地震により水位が低下して井戸から水が出にくくなったり、水に砂が混じるようになったりした例があります。このため、通常は飲み水に使っている井戸水であっても、災害後は保健所で水質検査を受けるまでは飲まずに生活用水に使うことが推奨されます。

表3 東日本大震災において使用不能となった井戸及び障害が現れた井戸の数[11]

参考文献
[1]厚生労働省(2013)東日本大震災水道施設被害状況調査最終報告書(平成25年3月)
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/houkoku/suidou/130801-1.html
[2]厚生労働省 危機管理対策マニュアル策定指針https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/kikikanri/sisin.html
[3]厚生労働省 地震対策マニュアル策定指針https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/kikikanri/dl/chosa-0603_01a.pdf
[4]財団法人水道技術研究センター(2008)水道の耐震化計画策定指針(案)の解説
[5]岡田誠之ほか(2012)東日本大震災による水の確保と給水装置 http://tohoku.shasej.org/date/kumamoto/4.pdf
[6]国土交通省(2009)震災時地下水利用指針(案)
[7]富山県鑿井協会創立20周年記念事業防災井戸設備を富山県に寄贈
http://okamoto-pump.co.jp/wp/wp-content/uploads/2017/04/4c5c15cd901e3a9985894ff70d93904b1.pdf
[8]仙台市(2016)東日本大震災における災害応急用井戸の利用状況http://www.city.sendai.jp/taisaku-suishin/kurashi/anzen/saigaitaisaku/sonaete/ido/documents/report.pdf
[9]富山市ウェブサイト 災害時緊急用給水設備等整備位置
https://www.city.toyama.toyama.jp/kensetsubu/bosaitaisakuka/saigaijikyusuiichi.html
[10]国土技術政策総合研究所 河川研究部 水循環研究室 地下水研究HP 災害時協力井戸に関するリンク集
http://www.nilim.go.jp/lab/feg/hp/ido/ido.html
[11]社団法人全国さく井協会(2012)東日本大震災による井戸の被害調査報告書
https://www.sakusei.or.jp/ido_report.pdf
[12]Ichirow Kaihotsu, Shin-ichi Onodera, Jun Shimada and Kei Nakagawa (2017) Recovery of groundwater in the Sanriku region contaminated by the tsunami inundation from the 2011 Tohoku earthquake. Environmental Earth Sciences, 76 (6) 1-7.

くろだ けいすけ

宮城県出身。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士後期課程修了。スイス連邦水科学技術研究所(Eawag)、(国研)国立環境研究所を経て現職。専門は水質工学、地下水汚染、環境動態解析など。