とやまの土木―過去・現在・未来(29) 地すべりと人々の生活、防災対策
富山県立大学工学部 環境・社会基盤工学科教授 高橋剛一郎
地すべりによる災害
この連載の16回目で古谷氏が地すべりの解説をしている。ここではその続きというか、人と地すべりの関わりや地すべりにどのように対処しているのかについて述べてみたい。
この記事において、地すべりは地質に大きく影響されていることが述べられている。富山県の場合、新第三紀層という地質的に新しい時代に堆積してできた土台が基盤となっている地域に集中していることが説明されている。富山県の地質概況図に地すべり指定地をプロットした図1を見ればその状況が一目で理解できるだろう。2011年時点で地すべり危険個所数は679箇所、地すべり防止区域は328箇所であった。

図1 富山県の地質と地すべり地(地すべり2003とやま実行委員会 より)
ここで、地すべり危険個所とは地すべりの発生のおそれがあり、人家や諸施設に被害を生じるおそれのある場所である。地すべり防止区域とは地すべり危険箇所のうち地すべりによる被害を防止・軽減するために地すべりを誘発助長するような行為を制限したり防止工事を行う必要がある土地であり、地すべり等防止法に基づいて指定される。
このように富山県には数多くの地すべり地があり、地すべりが原因で災害が起こってきた。最近のものでは、2017年の南砺市上百瀬地区での災害(家屋、県道等が被災)、2008年砺波市栃上での災害(県道が通行止め)、2002年の氷見市谷屋地区での災害(人家2戸が全半壊)などがある。さらに遡って規模の大きいものを挙げれば、1983年小矢部市内山地すべり(国道損壊、河川閉塞等)、1977年氷見市五十谷地すべり(人家半壊、非住家全壊、耕地埋没等)、1964年氷見市胡桃地すべり(家屋全半壊87戸)、1961年上市町東種地すべり(人家17戸、田畑10a他が被災)などがある。
地すべり地の暮らし
地すべりは斜面が緩慢に移動する現象で、特定の地質の場で起こる。一過性のものではなく、継続して生じることもあれば、何年も間をおいて地すべりが生じることもある。すなわち、過去に地すべりが起こった場所は将来も継続的あるいは間歇的に活動する可能性がある場である。このような、潜在的に災害の原因となる場になぜ人は集落を作るのだろうか。
問いを発しておきながら言うのもおかしいが、結論から言うとそもそもこの問い自体が意味をなしていないのである。地すべり地であるから人はそこに田畑を作ることができ、集落を形成することが可能だったのである。

写真1(左) 地すべりの起こっていない斜面の景観(宇奈月温泉下流の黒部川右岸斜面)
写真2(右) ごく小規模な地すべりの起こっている斜面(富山市八尾町地内)
写真1は地すべりの起こっていない斜面の景観である。この斜面はあたかも1枚の一様な傾斜の板のようである。このような斜面上には家を作ったり畑を作ることは容易ではなく、まして水田を切り開くことは困難である。
これに対して写真2は非常に小規模の地すべりの全景である。滑った土塊は一気に斜面の下に移動するのではなく、途中で留まることによって急崖や平坦地が形成されている。このような平坦地が形成されることにより、耕作や住居の形成が可能となる。実際の地すべり地では陥没地があったりしてさらに複雑で多様な地形が形成されている。古谷氏の記事に富山県内の地すべり地の地形図や写真が載っているが、これを見ても平坦地があることが見て取れる。
これまでの説明では平坦地が形成されることを中心に述べたが、実際の地すべり地では陥没地が形成されたり一層複雑な地形が形成されている。さらに詳しい解説は割愛するが、地すべり地では地下水が豊富でこれが斜面上部においても湧出することが多く、斜面にあっても水を得やすい、さらには陥没地をため池にすることができたといった特性があること、粘土質の土壌が形成されるため水持ちの良い基盤となることが多く水田に適していることなどがよく知られている。
このように地すべり地では地形条件以外の要因も加わって、斜面にありながら水田耕作が可能となり、集落が形成されてきた。そこで形成される水田の多くは棚田を形成し、田毎の月として有名な姥捨の棚田も地すべり地に作られたものである。
農林水産省が認定した棚田百選には富山県から乗嶺の棚田(富山市八尾町)と長坂の棚田(氷見市)が入っているが、これらはいずれも地すべり地である。そして、山間部における集落の多くは地すべり地内であることが多い。一例だけあげておけば、五箇山の集落の多くは、庄川に接する河岸段丘上の平地を除けばその大半は地すべり地にある。世界遺産で有名な相倉も地すべり地に立地しているのである。
地すべりによって山地斜面であっても人が定住し耕作ができるようになった。他方、地すべり地であるがゆえにその影響を受けてきた。少し長くなるが、古い時代の、人と地すべりの関係を示す記述を地すべりの古典から引用してみよう。
「地辷りの中には、年間を通じてごく徐々に移動を続けているものがある。年間の移動量はほとんどわからないほど、わずかな動きを絶えず続けているが、このような地辷り地は、山間部で緩やかな傾斜面を作っていることが多い。従って、たいていの場所が宅地や耕地になっている。移動がごくわずかであるから、平常は地辷りによって起こる生活上の不都合を感じない。ところが、数年たつと家の位置が下がったり、傾いたり、耕地が変形したりする。土地が辷るらしいと気がついても、また家をもとのところに立て直し、耕地に手を入れて生活を続ける。こういうことを数世代も繰り返しているところが、地辷り地帯に行くとたくさんある。生活とは、このようなものであると思い込まされているから、地辷り地の人々には、これが当たり前のことになっている」(小出, 1955)。
地面が常態的に動いていたことがわかる興味深い地名が氷見市にある。それは論田、熊無である。論田とは田を論ずるということで、変形した田をめぐって論じていることを示すものである。熊無の熊は本来は境界を示す隈であり、田の境界が変化するためにこれを確定できないことを表している。
地すべり対策工の概要
田んぼが少し変形する程度であれば論争で済むが、地面の動きが激しくなれば生活基盤自体が脅かされることになる。上述の胡桃地すべりでは人的被害はなかったものの87戸あった集落が短時間のうちに壊滅してしまった。このような災害に対応するのが地すべり対策工である。ここでは地すべり対策工の概要を書いておこう。
地すべり災害の防止は国民の生命財産を守ることであり、公共事業で行われている。古谷氏の記事の表2において、地すべり防止区域等の個所数を国土交通省、林野庁、農村振興局別に集計している。これは、地すべりが生じている(あるいはそのおそれのある)主たる場所がどの機関の所管にあたるかということを表している。
ここで林野庁と農村振興局があるが、これらはそれぞれ林地と農地で生じる地すべりを対象としている。一般に国が主体となって行う事業は大規模な現場や現象(林地にあっては国有林)が中心で、それ以外では都道府県がこれに当たる。国における区分に対応した部署が対策に当たっている。
地すべり対策工の技術体系や基準を見ると、国交省、林野庁、農村振興局による違いはなく、これらは共通している。学生への講義や一般の方を対象とした講演などで地すべり対策工とはどういうものかを説明することがあるが、この基準に沿った説明はとても分かりにくい。そこで、私なりにその技術体系をわかりやすくなるようにして説明することとしている。

図2 地すべり防止工の分類。河川砂防技術基準(案)をもとに構成。
その技術体系を『建設省 河川砂防技術基準(案) 設計編』をもとに図2に示した。建設省とあるが、改訂を経て2019年7月に国土交通省の水管理・国土保全局長名で各地方整備局と都道府県等に通知されたものである。この設計基準では地すべり防止施設は抑制工と抑止工に大別されている。この抑制と抑止の区別がわかりにくさの原因である。広辞苑(第五版)では両者の第一の説明としてともに“おさえととめること”とあり、その違いがわからない。地すべりを抑えるための技術体系を大別しているにもかかわらず、ごく普通の人々にはその意図や原理がわからず、理解が困難となる。
そこで、私の講義や講演ではより直感的に理解しやすくなるような解説を行っている。まず地すべりを、斜面の中のどこかに弱い(滑りやすい)層があり、そこを境にその上部の土層がすべる現象ととらえる。これをもっとも単純にして描くと図3のようになる。

図3 地すべりの力学モデル
傾いた板の上にある物体がすべるかどうかという、単純な力学のモデルである。物体に加わる力のうち、斜面に沿った方向に滑ろうとする力と、摩擦によって滑らせないように働く力のバランスによって滑るかどうかが決まる。地すべりや斜面崩壊の分野では前者をせん断力、後者をせん断抵抗力と言っている。せん断力はふだんは一定と考えられるので、せん断抵抗力の低下がすべりにつながる。せん断抵抗力の低下に最も影響するのが水分、すなわち地下水である。このことを古谷氏の記事では、地すべり発生の誘因として最も重要なものは地下水の上昇(水圧の上昇)であると説明している。
以上のような認識に立つとき、滑りを発生させないようにするには、せん断力を小さくすること、せん断抵抗力を大きくすること、そして誘因である水の排除という三つの方向性が考えられる。より具体的な表現では、せん断力の低下は斜面上の物体(表層土層)を少なくすること(土を削る)であり、せん断抵抗力の増大は滑ろうとする物体を何らかの手段で斜面にとどめるようにすること(土を止める,抑える)、そして水の除去は境界付近にある地下水を少なくしてやること(水の処理)である。このような仕分け方で図3にあげた工種を整理したものが表1である。

表1 地すべり対策工の機能と工種
河川構造物は地すべり斜面の安定の基礎として足元の河川を安定化させるもので、上の三区分には該当しづらいのでその他という区分とした。
土を止める、抑えるための工種のうち、押さえ盛土工とは滑る土塊の下部に盛り土をして土塊を抑えるものである。杭工、シャフト工はいずれも杭を活動土塊の下部の不動地盤まで打ち込んですべりを防ぐもので、鋼管杭で直径20~60cm程度、シャフト杭では大口径になり数mにおよぶものが用いられることがある。アンカー工とは地すべり土塊の下部の安定している基盤までアンカーを打ち込んで接着剤で固定し、これと地表の板など(受圧構造物)をワイヤーで結んで地すべり土塊を抑えるものである(図4)。

図4 アンカーの機構(農林水産省農村振興局農村政策部農村環境課 より)
水の処理としては、地下水を排除するものと地表水が地下に潜らないようにするものに大別される。前者としては、主にボーリングと排水トンネルが用いられ、これらが組み合わされて設置されることも多い。後者では、地表面を水が浸透しにくい状態にしたり、地表水を導く水路を設けることなどが一般的である。
富山県の中山間地の多くは地すべり地であり、そこではこのような工事がたくさん行われている。地下水を排除する工事や杭、シャフトなどは地下に設けられるものなので、目に触れることはないが、アンカー工は受圧構造物が斜面の表面にあるためにわかりやすい(写真3)。

写真3 アンカー工の受圧構造物。右奥は十字型の構造物が連結されている(富山市山田地内)
山間地の道路を通行する際に、このような構造物を見かけたとき、それが地すべりを防ぐための工事であることに想像をたくましくしていただければ、防災に対する意識、リテラシーの向上につながるであろう。
引用・参考文献
古谷 元 2019 とやまの土木ー過去・現在・未来(16) 富山の地すべりについて考えてみる
建設省河川砂防技術基準(案) 設計編 2019
小出 博 1955 日本の地辷り 東洋経済新報社
農林水産省農村振興局農村政策部農村環境課 2015 地すべり防止施設の機能保全の手引き ~アンカー工編~
新村 出(編)1998 広辞苑 第五版 岩波書店
たかはし・ごういちろう 富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科教授。富山県黒部市出身。大学では農学部林学科砂防工学研究室に所属し、砂防工学、森林科学などを学ぶ。1983年富山県立技術短期大学農林土木科助手となり、2009年富山県立大学工学部環境工学科准教授を経て現職。砂防工事などの防災工事と自然環境の保全の調和を目指した工種・工法の研究を主たるテーマとする。農学博士。