【最近の講演会より】激動の米中、日米、日韓にどう立ち向かうか

 中国は米国から見れば赤い資本主義であり、国家がすべてを統治している。重点産業分野で世界の最先端を目指すために発表した「中国製造2025」を日本のメディアが「産業政策」と表現しているが、大きな間違いだ。 

 中国製造2025の目的は軍事力の強化である。民と軍が融合し、民生用技術を軍事力に活用する。自前の技術では追いつかないから手段も選ばず、巨額の資金を国家が投入し、知的財産権をサイバー攻撃で盗んできて外国企業の技術を使う。目的も手段も西側諸国の産業政策とはまるで違うことを、オールワシントンはしっかりと見ている。

 軍需産業を支える半導体分野を中国は内製化するのに必死になっている。武漢に拠点をつくっているのもその一環だ。米国は阻止を図っている。ここに日本企業が関わっていたことは見過ごせない事実だ。

 日系企業の中国進出において、念頭に置かなければならない問題は他にもある。一つは知的財産権について。中国における特許の出願件数が米国を追い越し150万件にのぼったと報道された。日本における特許出願件数は約30万件、ヨーロッパは約20万件、米国60万件で中国はアメリカの2.5倍だが、すごいなと感心している場合ではない。ここに落とし穴があることに気付かなければいけない。150万件のうち95%は中国企業が出しており、石ころのようなジャンク特許がたくさん出されているのだ。

 中国は知的財産権を強化したと言っているが、決して喜べない。中国で特許を侵害した場合、損害金額の3倍の支払いを命じられる懲罰的賠償である。すると外国企業が知らずに技術を使って知的財産権に引っかかった場合のリスクは莫大なものになり得る。

新対中ココムで日本巻き込み輸出管理強化へ

 もう一つの問題はデジタルデータの世界にある。バイドゥ、アリババなど巨大IT企業は14億人の人民のデータを人工知能で分析してビジネスを展開しているが、このビジネスは中国の国家統制につながっていることを知っておくべきだ。

 2017年に中国では国家情報法が成立した。企業と個人が政府の情報収集に協力するという法律で、政府から情報を出せと命じられれば、出さなければならない仕組みだ。同じく17年にサイバーセキュリティ法もできた。データを政府が囲い込み、支配するためだ。中国国内で企業が得たデジタルデータを国外に出すときには政府の許可が必要になる。例えば日系企業が中国の工場のデータを管理して日本の本社につなげる場合は政府の許可がいるし、中国企業と共同研究をしたデータを日本に持ち帰るときも許可がいる。このような法律があるのは中国だけだ。

 さらに現代版シルクロード経済圏構想においては、「一帯一路」の沿線に通信ネットワークを構築して沿線各国からのデータ獲得を図る「デジタルシルクロード構想」も描いている。これら沿線各国に資金を貸し付け基地局などインフラ整備し、ファーウェイの技術を使うことで通信ネットワークを中国標準にしようという狙いだ。

 国内でも監視カメラを今の2億台から6億台に増やすほか、打ち上げた中国版GPS衛星や海底ケーブルにおいてもすでに米国や日本を凌駕している。強権的な政治体制を敷く国においてはありがたい話であり、デジタル世界でも中国の影響はものすごい勢いで広がっている。 

 オールワシントンの中国に対する危機感は、私の見方ではリーマンショック直後の2010年から米国議会の報告書に現れていて、この時点からすでにファーウェイを名指しして半導体産業を警戒していた。

 米国は次の手を考え、今、技術を中国に流出させないことに一生懸命だ。江戸時代の箱根の関所の役目は外国から江戸に入って来る鉄砲と江戸に人質にとっている妻子、「入り鉄砲と出女」を監視することだった。米国は「入り鉄砲と出女」のように、中国資本による米国企業の買収阻止と輸出管理によって技術の流出を防ごうとしており、今年はなかでも輸出管理の強化が話題になるだろう。

 かつて共産圏への技術流出を阻止する「ココム」があった。これからは中国にハイテク技術が流れることを阻止するいわば新対中ココムが行われる。軍と民が融合している中国には民生用として輸出申請された製品も軍需に転用され得るから、本当に輸出を止めなければいけない技術は止める必要がある。量子コンピューターや極超音速といった今後核となる振興技術「エマージングテクノロジー」を米国の国防総省はリストアップしている。

 米国は自国で規制をして、同盟国に同調を求め、世界の気運を高めるという三段階がお決まりで、日本もいずれ巻き込まれる。中国を念頭に置いた輸出管理をどうしていくかがこれからの課題になる。ただ、例えば半導体、量子コンピュータ、極超音速といったここだけは、という機微で肝心なエマージング技術など部分的には米中の分断は起こるかもしれないが、相互依存に組み込まれた中国経済だからそれ以外では起こらないだろう。

 米中対立の時代、ビジネスにおいてどこが重要になるのか経営者は見極めなければいけない。経済と安全保障は密接であり、一体化している。米国は自国で技術流出をしっかりチェックしているのに、日本企業の管理がいい加減だと分かったら、パートナーから外すだろう。米国に日本企業が技術の抜け穴になっていると思われてはいけない。米国が正しいと言っているのではない。わが身をどう守るかの問題だ。米国と今後も付き合っていくのならば、アンテナを高くして関係する情報をキャッチしていくことが大切だ。(文責・編集部) 

細川昌彦 
1977年東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。2002年ハーバード・ビジネス・スクールAMP修了。通商政策局米州課長、中部経済産業局長、JETRO ニューヨークセンター所長などを歴任し、現在中部大学特任教授の傍らTBS「Nスタ」レギュラーコメンテーター、BSジャパン「日経プラス10サタデー」などに出演中。