とやまの土木―過去・現在・未来(23) 洪水ハザードマップを考える
富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 手計太一
災害とは、人間様が居住、社会経済活動をしているから発生するものであり、自然現象としては単なる大雨や大地の動き(地震)などに過ぎません。人間が安全に快適に生活できる社会が形成されたことによって、自然現象が災害に変化しています。災害被害は、外力規模(例えば大雨、大地震など)、暴露人口(被害地にどれだけ居住や滞在しているか)、社会の耐性(脆弱性)、そして社会変化の4つのバランスによってその規模がある程度想定されます。
最近では、気候変動も大きな要素となりつつあることは読者の皆様も気づき始めているのではないでしょうか。社会の耐性(漸弱性)には、大きく分類してハード対策とソフト対策があります。
ここで、特に水害に関するハード対策とは、ダム、堰、水門、堤防、護岸、床止め、樹林帯、水害防備林、放水路、土嚢、防潮板(防水板)、雨水貯留浸透施設、大規模雨水貯留施設、調整池、遊水池、河川管理施設といった構造物による緩和策、防災対策を意味します。
一方、ソフト対策とは、本稿で詳述する洪水ハザードマップ、避難訓練、ワークショップ、リアルタイムでの情報発信・受信、近年では水害対応タイムラインなどが挙げられます。本稿では、ソフト対策の一つであるハザードマップ(防災マップ)について、特に洪水ハザードマップについて一般の理解が深まるように詳述いたします。
一般に呼称されるハザードマップは、様々な自然災害(洪水、土砂災害、地震、火山、津波や高潮)を想定し個々に〇〇ハザードマップと認知されています。ハザード(潜在的危険性)を科学的に推定し、避難所等の避難にかかわる情報を加え、老若男女問わず理解しやすい情報集約シートにしたものをハザードマップと呼んでいます。
ハザードの科学的推定は、国もしくは都道府県によって実施され、それを基に市町村がハザードマップとして加工し住民に周知することが義務付けられています。自治体によっては、いくつかのハザードの科学的知見を組み合わせて表示することで防災マップとして作成しており、地域特性を反映させることが非常に重要です。これまでも、豪雨後の地震、地震後の豪雨、地震と津波など複合災害と呼ばれる同時もしくは少しの時間を置いていくつかの災害が発生することで被害が拡大したことがあります。単独の自然災害に左右されず、地域の自然的特徴、社会経済的特徴を十分に理解しておくことが大切です。
先述のとおり、ここでは洪水ハザードマップについて理解を深めていきたいと思います。昭和24年に制定された水防法は、水防組織や水防活動など水害発生直前から直後を想定していたものでした。また、当時の施策は地先の水防活動であり、水防の責任が市町村に第一義的にあることを明文化したものでした。昭和30年の水防法改正によって、地先から河川全体の水防、そして河川情報・洪水予報の発信、水防警報の新設がされました。
その後、平成12年9月の東海豪雨災害を契機に、平成13年に水防法が改正され、洪水に関する情報提供の充実と円滑で迅速な避難ができるように、洪水予報河川の拡充、国土交通大臣または都道府県知事による浸水想定区域の公表を行うことになりました。洪水のおそれがある場合、気象庁長官と共同して状況を関係機関に通知することを、従来の国土交通大臣に加え都道府県知事が行うことができるようになりました。
ハザードマップについても、国が技術的マニュアル及び基礎情報の整備等の支援を行うことで、その普及が広がりました。しかし、当時はまだ任意であったことや土地所有者や土地関連事業者等による公表に対する根強い反対もあり、思うように普及は進まなかったのが実情です。
98%の市町村が洪水ハザードマップを公表
平成16年7月新潟・福島豪雨災害、同年7月福井豪雨、同年9月台風10号災害を受けて、平成17年に水防法が改正され、ハザードマップの作成・公表が義務化されました。当時、国直轄河川の想定被害に対するハザードマップの作成率は28%しかありませんでした。国土交通省による平成31年3月末時点における洪水浸水想定区域と洪水ハザードマップの指定・公表状況によると、98%の市区町村で洪水ハザードマップが公表されています。
国土交通大臣による洪水予報河川(平成31年3月31日現在)は、全国109水系、298河川が指定されています。富山県内では、黒部川、常願寺川、神通川、庄川、小矢部川の5水系、黒部川、常願寺川、神通川、西派川、庄川、小矢部川の5つの洪水予報河川が指定されています。
都道府県知事による洪水予報河川(平成31年3月31日現在)は、全国で65水系、128河川(2湖沼含む)が指定されており、富山県内では指定された水系、河川はありません。当時は、河川整備の目標とする降雨である計画規模の降雨を利用して、河川の重要度(流域の大きさやその対象となる地域の社会的経済的重要性などを考慮して定めたもの)により、洪水浸水想定区域図が作成され、洪水ハザードマップや防災マップとして公表されています。
最近では、平成26年8月豪雨による福知山市での大規模浸水、広島市での大規模土砂災害などを契機に、平成27年に水防法が改正され、最大規模の洪水・内水・高潮への対策の一つとして、「想定最大規模降雨」という言葉や、内水氾濫への対応が明記されることになりました。想定最大規模降雨とは、現状の科学的な知見や研究成果を踏まえ、利用可能な水理・水文観測、気象観測等の結果を用い、現時点において、ある程度の蓋然性をもって想定し得る最大規模のものとして設定される降雨量です。確率規模は概ね1000年に1度を想定されています。
想定最大規模降雨の降雨量については、それを設定する河川等における降雨だけでなく、近隣の河川等における降雨が当該河川等でも同じように発生すると考え、日本を降雨の特性が似ている15の地域(①北海道北部、②北海道南部、③東北西部、④東北東部、⑤関東、⑥北陸、⑦中部、⑧近畿、⑨紀伊南部、⑩山陰、⑪瀬戸内、⑫中国西部、⑬四国南部、⑭九州北西部、⑮九州南東部)に分け、それぞれの地域において観測された最大の降雨量により設定しています。各地域での既往最大の降雨量によって設定されており、北陸は平成23年7月新潟・福島豪雨がその対象です。

図1 北陸地域における最大雨量の包絡線(流域面積,降雨量,降雨継続時間の関係)
図1は北陸の最大降雨量の包絡線を描いたもので、流域面積、降雨量と降雨継続時間の関係です。検討する河川流域の面積と想定する降雨継続時間から降雨量が算出される仕組みです。科学的に異論、反論はあろうかと思いますが、工学的には概ね妥当な方法ではないかと評価しています。ただし、今後もこのままではなく、少しでも改善の余地があれば、改善すべきと思います。
現在、上述した2つの降雨(計画降雨(L1)と想定最大規模降雨(L2))を基に、2つの洪水浸水想定区域図が作成されています。国管理河川においては、指定河川全てにおいて、L2規模の洪水浸水想定区域図が作成されていますが、都道府県管理河川においては56%の指定河川において同図が作成されており、残りの河川においても同図の作成が急がれます。
一方、L2規模の洪水ハザードマップについては、34%の市町村のみ公表されています。ここには、各自治体の苦悩があります。L2規模は先述のとおり1000年に1度程度もしくはそれ以上の規模であり、洪水浸水想定区域はL1規模よりも広く、そして浸水深も深くなるため、幸運にも近年水害に見舞われていない地域では、過剰に見えてしまいます。L1規模程度の高・中頻度の洪水浸水を想定した方が住民にはわかりやすいという考え方もあります。情報を発信する側(自治体)と受け取る側(住民)の相互の関係、また送受信のあり方を議論するなど、お互いが積極的に意識をしなければ、有効活用されることはありません。
富山県内では既に入善町が2018年3月、砺波市と小矢部市が2019年3月にL2規模の洪水ハザードマップを公表しています。続いて、富山市が現在、洪水ハザードマップの見直しを行っており、新しい洪水ハザードマップは来年度には公表されると思います。富山市のように、神通川と常願寺川という日本を代表する急流河川を持ちながらも、平成16年以降大規模な洪水が発生していない状況下で、L1規模、L2規模の洪水浸水想定区域図を利用してどのように洪水ハザードマップとするのか、難しい判断を迫られていることと思います。
いずれにしても、例えば、平成30年7月豪雨(西日本豪雨)災害における小田川氾濫や令和元年10月の千曲川氾濫では、実績の浸水深と洪水ハザードマップが概ね一致していたことが報告されており、洪水ハザードマップ、洪水浸水想定区域図の有用性が改めて示された事例と言えます。