とやまの土木—過去・現在・未来(18) コンクリートの非破壊試験-衝撃弾性波法の理論と実際

富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 内田慎哉

 富山県立大学に着任してから2回目の秋を迎えています。少しずつですが、本学あるいは富山県での生活に慣れつつあります。とはいえ、お恥ずかしいことに、富山県ならではのご当地ものの研究には未だ着手できておりません。このような著者の事情により、今回から2回にわたる連載では、著者の専門分野の一つである「コンクリートの非破壊試験」について、具体的には、「衝撃弾性波法の理論と実際」と「衝撃弾性波法の更なるそして秘めたる可能性」について、調査事例も含めてお話させて頂きたいと思います。この点、ご容赦ください。

1.弾性体を伝搬する波の基礎理論

 弾性体を伝搬する波は、弾性波と呼ばれています。一般的に弾性体は3次元であるため、次式に示す波動方程式1)を取り扱う必要があります。 

pastedGraphic.pngpastedGraphic_1.png          (1)

 ここで、E:弾性係数、ρ:密度、ν:ポアソン比、u (x, t):変位解です。この方程式から体積およびせん断変形成分の伝搬速度をそれぞれ導出すると、弾性体を伝搬する縦波の速度:Vpおよび横波の速度:Vsを求めることができます。これらを以下に示します。

pastedGraphic.png                  (2)

pastedGraphic.png                    (3)

 コンクリート分野においては、通常、縦波を利用することが多く、本稿でも縦波の伝搬速度:Vpを弾性波伝搬速度:Vとして表記することとします。

2.弾性波法の適用対象としてのコンクリートの特殊性

 コンクリートは、異なる複数の材料から構成される不均質な複合材料です。特に、コンクリート中では、モルタル(水とセメントと砂とが結合したもの)と骨材との間の境界面やモルタル部分における空隙の界面が弾性波の散乱源となり、金属材料等の均質材料と比較すると弾性波の減衰が著しくなります。すなわち、コンクリート中には音響インピーダンスの異なる物質どうしの境界面が数多く存在するため、弾性波の減衰が激しくなるのです。

 したがって、コンクリートでは、コンクリートへ入力する弾性波の周波数を低くせざるを得ず、欠陥検出性能が低くなります。加えて、金属や医療分野で使用される弾性波と比較して波長が長く、指向性も悪くなるため、周波数の極めて高いビーム状の弾性波を使うことは困難です。そのため、例えば、金属探傷で用いられる斜角探傷法をコンクリートに適用することが不可能であるばかりでなく、エコー高さから欠陥寸法を推定するのも難しいのが現実です。

図1 各分野で利用されている弾性波の周波数範囲2)

表1 コンクリート構造物の弾性波法に関する規格・規準等

 参考のため、各分野で利用されている弾性波の周波数の周波数範囲について、その現状を図12)に示します。コンクリートで適用される周波数範囲が、金属や医療分野と比較して極端に低いことがおわかりいただけると思います。このような事情のため、コンクリート構造物の弾性波法に関する規格・規準は、国内外のいずれにおいても十分に整備が進んでいるとは言えないのが現状です(表1参照)。

3.コンクリート分野における弾性波法の種類と評価対象

 弾性波を利用したコンクリート分野における非破壊試験には、図2に示すとおり、超音波法、衝撃弾性波法、打音法、AE法の4つがあります2)。これらの手法は、弾性波の発信および受信の方法の違いに着目して分類されています。このうち、衝撃弾性波法は、汎用性が高く、実構造物での調査実績も多いという理由から、様々な場面で広く活用されています。そこで、本稿ではこの手法を取り上げることとし、その概要を以下に述べることとします。

図2 各種弾性波法の分類2)を一部加筆

図3 各手法の相互比較3)

 衝撃弾性波法とは、固体表面とハンマーや鋼球等とを機械的に衝突させたときに生じる弾性波を、表面に設置した加速度センサや変位センサ等によって受信する方法です。したがって、弾性波の入力方法の点で超音波法とは区別されています。この手法によって入力される弾性波は、電気的な作用により発生させた弾性波(超音波法)と比較してエネルギが大きく、かつ可聴域から場合によっては超音波領域までの広い範囲の周波数成分を含むこと等が特徴です(図33)参照)。そのため、本手法により入力された弾性波は、超音波法と比較して減衰しにくく、部材における広範囲での計測が可能となります。

4.衝撃弾性波法によるコンクリートの非破壊試験の実際

 コンクリート内部に空隙やはく離箇所がある場合、塩化物イオンや二酸化炭素、あるいは水等の鉄筋の腐食要因がコンクリート内部へ侵入しやすくなります。また、はく離箇所は、劣化が進行するとはく落して人間や車両に当たる等、第三者被害を引き起こす可能性もあります。したがって、コンクリート中の空隙やはく離を適切に検知し、補修等の処置を行うことが構造物の維持管理上、きわめて重要です。ここでは、ポストテンション方式のPC構造物におけるシース内部のPCグラウト未充填不良による空隙を対象として、これを衝撃弾性波法により検出する方法について、その基本原理と実橋梁での適用事例について概説します。

図4 衝撃弾性波法によるコンクリート内部空隙の評価原理

 衝撃弾性波法では、図4に示すように、コンクリート表面を鋼球で打撃することによりコンクリート内部へ弾性波を伝搬させ、音響インピーダンスの異なる界面間(例えば、打撃面と欠陥)で多重反射する波を、打撃面に設置したセンサにより受信し、これを周波数解析することによりコンクリート内部の欠陥の有無やその深さを推定することができます。

 この手法を活用して、PCグラウト充填不良による空隙を評価する原理を図5に示します。シース内にグラウトが完全に充填されている場合、コンクリート部材の厚さ方向に多重反射した弾性波の基本周波数(fTと定義)が、周波数スペクトル上に出現します。これに対して、グラウト未充填箇所が存在すると、fT以外に、打撃面とグラウト未充填との間で多重反射した波の基本周波数(fvoid)も出現します。このような2つの基本周波数fTおよびfvoidは、次式により求めることができます。

pastedGraphic.png                  (4)

pastedGraphic.png                 (5)

図5 衝撃弾性波法によるPCグラウト充填評価の原理

 ここで、コンクリートの部材寸法:T、打撃面から欠陥までの深さ:d、V:コンクリートの弾性波伝搬速度です。

写真1 対象とした橋梁PC桁4)

 本手法を適用する際は、まず、シース位置および深さを電磁波レーダ法により把握する必要があります。続いて、推定したシース深さを式(5)に代入し、グラウト未充填箇所があると想定した場合の基本周波数の値を事前に算出します。最後に、本手法により測定を行って周波数スペクトルを求め、事前に算出した基本周波数の位置に卓越周波数が確認できた場合に、グラウト未充填の可能性ありと判定します。

写真2 計測装置の概要

 写真1に示す橋梁PC桁の主ケーブルを対象として、衝撃弾性波法によりPCグラウト充填評価を行った結果4)を、以下で説明します。この手法で使用する鋼球、センサ、アンプおよび波形収集装置の一例を写真2に示します。また、桁ウェブ部分での計測状況を写真3に示します。図6には、計測結果の一例を示しています。図中の矢印は式(4)より算出した基本周波数fTを、点線は式(5)から求めた基本周波数fvoidの位置をそれぞれ示しています。

写真3 衝撃弾性波法による計測状況4)

 なお、弾性波伝搬速度は同橋梁で計測した値を使用しています。図より、いずれの場合においてもfTの位置に卓越周波数が生じていることがわかります。また、図6 (b)の場合では、fTに加えてfvoidの位置にも卓越周波数が確認できます。これより、図6 (a)はシース内にグラウトが充填されており、図6 (b)ではグラウト未充填箇所が存在すると判断できます。

 本稿では、コンクリートの非破壊試験の一つである「衝撃弾性波法」の理論と実際について紹介しました。次回は、「衝撃弾性波法の更なるそして秘めたる可能性」について、説明をしたいと思います。

図6 衝撃弾性波法による計測結果の一例4)

参考文献
1) 大津政康:コンクリート非破壊評価のための弾性波法の理論と適用、コンクリート工学、Vol.46、No.2、pp.5-11、2008.2
2) 土木学会:弾性波法によるコンクリートの非破壊検査に関する委員会報告書およびシンポジウム論文集、コンクリート技術シリーズ61、2004
3) 日本コンクリート工学協会:コンクリート構造物の診断のための非破壊試験方法研究委員会報告書、p.6、2001
4) 鎌田敏郎、淺野雅則、川嶋雅道、内田慎哉、六郷恵哲:弾性波によるPCグラウト充填評価手法の実構造物への適用、土木学会論文集E、Vol.62、No.3、pp.569-586、2006.9

うちだ・しんや
埼玉県出身。岐阜大学大学院修了。現在、富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授。社会基盤メンテナンス工学、非破壊検査工学、コンクリート工学を専門とする。