裁判員制度創設の苦い思い出

不本意な役回りでも職責を果たす

 小委員会報告書がまとまった後、自民党・公明党の与党協議が行われた。メンバーは自民党の保岡議員、公明党の漆原議員など私以外は弁護士出身議員であったが、概ね小委員会報告書の通りで了承された。公明党内には異論もあったようだが漆原議員が取りまとめに尽力してくれたことが記憶に残っている。

 最後に残ったのが、施行をいつにするか(裁判員制度をいつから実施するか)という問題であった。導入推進派は早期施行を強く主張したが、私は反対だった。当時の世論調査では裁判員制度導入に賛成はわずか10%、裁判員になってもいいという割合が5%、つまり国民のほとんどが導入に反対、裁判員になりたくないという状況で実施するのには無理があると考えたからである。

 そこで、裁判員制度について国民の理解が深まるのを待って施行すること、具体的には、裁判員になってもいいという割合が過半数を超えた時に施行するという案を提案した。しかし、与党協議の場では私の意見に賛成する者は一人もなく、施行は、法律の公布後5年と決定された。

 与党の結論を踏まえ、政府で法案作成が行われたが、最後の関門は自民党の事前審査である。自民党の了解なしには法案は国会に提出できない仕組みであり、自民党の意思決定機関である総務会がヤマになる。私が説明し、答弁したのだが、それまでの法務担当者だけの議論とは違いそれ以外の議員が出席し、強硬な反対論も多く了承を得ることはできなかった。反対論はいずれも当を得たものでさすが自民党と立場を忘れて感心した。しかし、それでは職責は果たせないので、堀内光雄総務会長にお願いして少数での総務副会長会議を開催してもらい、理解を求めるべく改めて説明させてもらったが、そこでも反対論、疑問論が噴出した。

 反対論、疑問論は私自身の意見でもあるから、それに対する回答はそれなりに法案に盛り込んでいたので陳弁に努めたのだがなかなか了解がもらえない。長時間の会議の末、ようやくやむなしということにしてもらった。その時に満座の中で宮路副会長から「長勢君ともあろう者がどうしてこんな法案を出してくるのだ。日頃言っていることと違うではないか」と厳しく詰問されたのは今もよく覚えている。まったくその通りで返す言葉が無く、「導入の方針は閣議決定されているのだからやむを得ないではないか。この長勢がこれならばよかろうと言っているのだから顔を立てて了解してくれ」と答えるのがせいぜいだった。不本意な役回りで大変な苦労をしたものだという思いは今も心に残っている。

 かくして、法律が制定されたのは平成16年5月(施行は21年)だった。ほとんどの人は裁判員法の成立などに関心がないので、私の周りでも話題になることは少なかったが、法律成立となって新聞などに報道されるに及ぶと何人もの方から批判の声が寄せられた。今日でも富山の支援者から批判されることがある。 

 彼らは「誰だ、こんな馬鹿な法律を作ったのは」と言うのだが、それが私だとわかると黙ってしまう。その度に心苦しく申し訳ない気持ちになった。裁判員に選任された人に会ったこともあるが、恨み言こそあれ、良い制度を作られましたね、などとお褒めに預かったことは皆無である。いかに閣議決定されているからといって信念に外れたことをしてしまったためにとんでもない間違ったことをしたのではないかとずっと自らを責め悩んできた。裁判員制度の創設は私の政治家生活の汚点といっていい。

 以上が、裁判員制度創設についての私の思い出である(ただ、関係資料は引退した時にすべて廃棄したので記憶に若干の間違いがあればお許し願いたい)。

 そういう私にとって、裁判員制度ができてよかったなどという新聞記事、有識者の発言をみると、意図的なものを感じ違和感を覚える。そのたびに裁判員制度の創設は国民意志を無視して、特定の人たちによって強行されたものだという思いが改めて強くよみがえる。

日本人のまっとうな法意識とは

 国民の裁判員制度についての意識は10年前と変わるところが無いといっていい。国民のほとんどは裁判が国民の常識にあったものであってほしいと願っているが、刑事犯罪者を裁く立場になってみたいと考える人は稀である。それが日本人のまっとうな法意識である。

 新聞でたまに裁判員になってよかったという人の話を見るが、新聞記者もそんな砂の中に宝石を見つけるような仕事は難儀なことだろうと同情する。

 冒頭に紹介した読売新聞の調査では、回答をした地裁裁判官50人全員が具体的に「裁判が分かりやすくなった」「判決の説得力が増した」「公判が短縮した」「量刑が変わった」などから、市民参加は刑事裁判に良い影響を与えたと回答しているという。

 しかし、これらのことは裁判員制度の導入がなくとも刑事裁判に関わる法曹関係者が自ら反省し是正すべきことだったし、できることだったのであり、自らの怠惰を棚に上げて裁判員裁判の良い影響などというのは本末転倒、恥知らずな評価というものである。

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