揺らぐサムスン共和国:買収した電装会社ハーマンの不振

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢 

 昨年8月、サムスン電子は「4大未来成長事業」を発表し、人工知能(AI)・ロボット、5G、バイオ、半導体中心の電装部品の4分野に次世代事業を見出すと宣言した。この中で李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が登記理事になって最初に手掛けたビッグプロジェクトが、20173月に買収した電装会社・ハーマン(80億ドル)であった。

 サムスングループは過去10年間に合計159件、483億6,028万ドルを費やしてM&Aを推進してきた。売却が46件(76億8,975万ドル)であるのに対して、買収は113件(406億7,053万ドル)と圧倒的に多く、その代表格がハーマンであった。

 ハーマンは、カーオーディオの世界シェアが41%とトップを占め、BMW、ベンツ、フィアットクライスラーにハーマンのブランドを搭載し、フェラーリ、トヨタ、プジョー、シトロエンにはJBLブランドを使って供給している。

 サムスン電子はハーマンとの共同開発による電装事業の拡大を企図している。2015年12月に設立された電装事業チームのR&D人材はわずか30人たらずであったが、昨年末には170人へと増強してきた。

図表① ハーマンと中国自動車メーカーとの協力関係
注 : 2019年3月、重慶力帆汽車は重慶理想智造汽車に社名変更
資料 : 現地報道(2019年4月18日)より作成

 ハーマンは欧米の既存の顧客から層を広げる意味で、特に中国での事業展開を熱心に進めてきた。2017年ハーマン中国法人の売上高が10億ドルを超えたことから、昨年4月に蘇州の工場拡張に踏み切った。ハーマンは中国に4か所のR&Dセンター(上海、深圳、成都、蘇州)を設置し、職員数も4000人に迫るほど人材への先行投資をおこなった。2019年4月に開催された上海国際モーターショー(2019 Auto Shanghai)で、ハーマンが中国企業3社と戦略的提携を締結するなど(図表①)、中国シフトを鮮明にしてきた。

 ハーマン買収の成否は、サムスン電子の次世代事業へのカギと位置付けられることから、その成長性と収益性に注目が集まっている。ところが2年以上経過しても、電装事業で大きな成果が見当たらない。ハーマンは低成長・低収益に喘いでいるのが実情だ。

図表② ハーマンの合併前後の収益率変化
注 : ハーマン買収直前の2016年下半期の売上高減価償却前営業利益率は13.4%
資料 : サムスン電子(2019.4.30)等より作成

 サムスン電子の四半期報告書によれば、ハーマンの今年第1四半期の売上高は、2兆1,900億㌆と前年同期比では12.9%増えたものの、前期比では14.1%ほど減少した。第1四半期の営業利益が100億㌆にとどまったため、売上高営業利益率は、昨年平均の1.8%から0.5%にまで低下している(図表②)。

 ハーマンがサムスン電子に買収される直前の2016年下半期決算書をみると、売上高4兆3,172億㌆、減価償却前営業利益5,765億㌆、売上高営業利益率は13.4%と高収益企業であったことから、現状に対する深刻さは計り知れない。

 買収当初、サムスン電子は自動車部品事業の年間売り上げを2025年には200億ドルとする経営目標を掲げていた。買収前のハーマンの売上高から2倍以上とした目標を設定していた。現状は目標との乖離が広がっている。

 現在、系列会社の清算など事業体制のスリム化・効率化を進めているが、これでハーマンの利益体質は回復するかというと、そう単純ではない。ハーマンの主力事業である自動車インフォテインメント《インフォメーション(情報)+エンターテインメント(娯楽)の合成語で両方の統合システム》とオーディオは成熟期を迎えている。

 中長期的に期待されている領域は、サムスン電子と情報通信技術を駆使して共同開発した「デジタル コクピット」(インフォメーション システム)などの電装システムであり、電気自動車や自動運転車などへの市場開拓である。つまりサムスン電子とハーマンの共同事業が推進されることにより、AI(人工知能)と5G(第5世代移動通信システム)を結合した領域が、未来成長産業として開花するかどうかである。

 ハーマンは買収前すでに欧米自動車メーカーを顧客として持っていたことから、未開拓市場であった中国市場に注力してきた。中国市場をテコにハーマンは業績躍進へ進むはずであったが、ここに米中貿易戦争が影を落としている。米中の覇権争いに巻き込まれた場合、米中のどちらを顧客として選択するのか、デリケートな判断を求められる事態も想定されよう。

 ハーマン買収成否は、米中貿易戦争を乗り越えられることを大前提としたとしても、サムスン電子との共同開発で既存の事業構造をどこまで転換できるか、M&Aへの過度な依存が組織に亀裂を生み次世代事業を育む最短かつ最善の道かどうか、スピード経営のためのM&Aが自社による研究開発への意欲を削ぐことはないのか、など数々の課題が浮上しているのが現実である。

 

 

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