揺らぐサムスン共和国:ベトナム拠点を強化するサムスン電子

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢 

 サムスン電子は脱中国を進める中、ベトナムの生産拠点を軸に再編を急いでいる。

 サムスン電子のベトナム進出経緯を振り返ってみると、2009年のBac Ninh(SEV)に25憶ドル投資して携帯電話の本格生産に始まり、近郊のThai Nguyen(SEVT)に50億ドル投資して生産拡張を図った。以後、テレビ、エアコン、洗濯機、冷蔵庫など家電製品の生産品目を増やし、ベトナム生産拠点は、総合家電メーカーの色彩を強めていった。中でも携帯電話の生産は、2014年以降第1・第2工場のフル稼働で、現在は年間2億4,000万台を誇る。

 さらにサムスン電子は2014年に5億6,000万ドルを投じて、ホーチミンのサイゴンハイテクパークに消費者家電(CE)複合団地を建設した。ここでサムスン電子はテレビの量産化を図り大半を輸出している。

図表① 2017年のベトナム主要経済指標
資料 : 外務省(原資料は越統計総局及び越税関総局)

 ベトナムの生産拠点化が進む背景には、ベトナムの若い労働力が潤沢でしかも勤勉であること(労働人口5,510万人、2018年3月末現在)、一人当たりGDP約2,385ドル(2017年越統計総局、図表①)と中国の8,643ドル(2017年、IMF)と比べても30%以下と安いこと、道路交通網、港湾施設などの物流基盤がある程度整備されたこと、政府の各種投資インセンティブと税制優遇措置(法人税4年間免除、賃貸料免除等)があること、さらに最近の米中貿易戦争を回避する意味などの要因に加わり、総合的にベトナムの生産拠点としての魅力を高めている。

 ベトナムシフトは、韓国内の拠点再編を巻き込むとともに、中国事業の撤退・縮小に波及しながら加速している。具体例を挙げるならば、サムスン電子は2017年中国・深圳の工場、2018年末に天津工場を相次いで閉鎖しベトナムに移転するなど、サムスン電子1社だけでベトナムへの累積投資額は170億ドルに達している。

 いずれにしても、韓国企業によるベトナム投資を大きく左右するのは、サムスン電子に他ならない。直接投資だけではなく、グループの部品・材料企業の進出を伴うことから、ベトナム経済への影響は計り知れない。

図表② サムスン電子ベトナム法人の業績推移 (単位 : 100万ウォン)
資料 : 韓国金融監督院(2019.1.31)及びCEOスコア(2019.3.1)より作成

 サムスン電子のベトナム現地雇用人員は現在37万人(直接雇用17万人、協力会社20万人)に達し、2018年の輸出額600億ドルは、ベトナム全輸出の約25%がサムスン電子によるものである。ベトナム経済をサムスン電子が牽引し、ベトナム輸出を主導しているほどの存在になっている。2019年1月、サムスン電子はベトナム政府から「今年の代表企業賞」を受賞するなど、今やサムスン電子はベトナムの国民企業と呼ばれている。

 サムスン電子のベトナム法人の経営は、他の海外法人に比べ高い利益水準にあるが、過去3年間では全体の売上高純利益率が低下傾向にある(図表②)。ベトナム経営が次第に苦しくなってきた最大の要因は賃金の急上昇であり、その他にはジョブホッピングが激しく熟練工が育たないこと、インフラ不足、各種法制度が不透明、などが挙げられる。

 ベトナムの生産拠点強化を図るとともに、昨年7月、サムスン電子はインド・ノイダ(Noida)に約7億ドルを投資して世界最大規模のスマートフォン工場(年産1億2000万台)を竣工した。

 インドは関税や法制度の煩雑さなどの問題を抱えているものの、人件費がベトナムより一段と安いことから、インドを中低価格帯の中東・アフリカ向けの携帯電話を生産する拠点とし、ベトナムを先進国からASEAN向けの中高級機種の拠点にシフトしていくことになろう。

 だが、深刻な問題は携帯電話の生産能力過剰にある。サムスン電子の携帯電話生産台数は昨年3億台を割り込んでおり、韓国内、中国・恵州、ブラジルなどの生産能力を合わせると5億台以上である。

 現在のインドとベトナムの生産能力だけを合わせても3億6,000万台に達し、一方で世界的に携帯電話需要が減少傾向にあり、しかもサムスン電子は各国で苦戦を強いられていることから、過剰能力が表面化し経営を圧迫しつつある。

 ベトナムの対韓貿易収支がベトナムの大幅な赤字であることから、ベトナム政府はいずれ部品・素材の現地化に政策転換を図るであろうし、現地化できず輸入せざるを得ない部品・素材に対しては、今後関税を掛ける可能性もあろう。

 携帯電話の世界需要が減少局面を迎える中、ベトナム政府はサムスン電子に対して、人件費上昇と高い離職率を打ち消すほどの優遇策をいつまで講じ続けられるのか。一方サムスン電子にとって急追する中国企業を振り払う切り札としてのベトナムも、生産コストの上昇を避けられず、携帯電話などのモジュール製品(規格化・標準化された部品を組み立てて生産される製品)の場合、低価格競争の戦いに終わりはない。(東洋経済日報2019年3月29日掲載)

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