とやまの土木─ 過去・現在・未来(4) とやまの名水と水道

富山県立大学工学部 環境・社会基盤工学科准教授 奥川 光治 

 本稿では水質にまつわる話-とやまの名水と水道について述べたい。その前に土木工学の一分野である衛生工学と環境工学について少し触れよう。

衛生工学から環境工学へ

 本連載(1)で髙橋が紹介したように本学科の前身の1つは、1963(昭和38)年に富山県立大谷技術短期大学に開設された衛生工学科である。もともと衛生工学は、明治時代において公衆衛生上の課題の解決のために、近代的な水道や下水道を整備するのに対応して,土木工学科の中で、とくに水理学講座の中で発展してきた分野である。

 戦後になって、戦災からの復興、高度経済成長の時代となり、上下水道の普及、廃棄物の処理処分場の建設など生活環境の改善・公衆衛生の向上という課題が出てくる中で、土木工学、化学工学、医学(公衆衛生学)などの分野を融合する形で、1957(昭和32)年に北海道大学、翌年に京都大学に独立した衛生工学科が開設された。

 富山県では、富山・高岡地区が新産業都市に指定されたのを受けて、中堅技術者を養成する目的で富山県立大谷技術短期大学が開学し、全国3番目の衛生工学科も開設された。その後、公害から環境問題へ、さらに地球規模の環境問題、自然災害へと対象が広がり、学科名も衛生工学から環境工学あるいは環境を冠する名前へと変遷し、短期大学から大学へと発展しながら、上下水道、水処理工学、水質学など水環境に重きを置いた教育研究が行われてきた。

とやまの名水と扇状地の地下水

図1 環境省選定による富山県内の名水百選。黄色は扇状地の湧水、水色はその他の湧水。選定箇所:黒部川扇状地湧水群(黒部市・入善町)、行田の沢清水(滑川市)、穴の谷の霊水(上市町)、立山玉殿湧水(立山町)、いたち川の水辺と清水(富山市)、弓の清水(高岡市)、瓜裂の清水(砺波市)、不動滝の霊水(南砺市)(googleマップを改変) 

 図1は1985(昭和60)年に環境庁(当時)が選定した名水百選と2008(平成20)年に環境省が選定した平成の名水百選、合わせて200選の中から富山県内のものを示したものである。富山県からは8カ所が選定されている。これは熊本県と並び全国1位であり、富山の優れた水環境を反映したものとなっている。 

 8カ所のうち3カ所は扇状地の湧水である。扇状地では扇頂付近で河川水が伏流するとともに灌漑用水や降水が地中に浸透し地下水となり、年月を経て下流域・扇端まで流下して湧出する。そのため扇状地の地下水水質には次のような特徴が見られる。

 地中に浸透した水は土壌や砂礫と接触することにより水質が変化する。例えば、土壌中の有機物がバクテリアにより分解されたときに発生する二酸化炭素が水に溶解し炭酸となりpHが低下するため、地下水はpHがやや酸性になっていることが多い。pHが低下すると土壌・砂礫の構成成分である鉱物が溶解し、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、炭酸水素イオンやケイ酸が供給されるようになる。また、農地で使用された窒素肥料やカリ肥料の影響で、土壌に吸着されにくい硝酸イオンやナトリウムイオンが地下水中に溶脱してくる。

 以上のような水質変化が生じるため、扇状地の下流域の地下水は上流域に比べ、カルシウムイオン、ナトリウムイオン、炭酸水素イオン、ケイ酸などの濃度が高いことが多い。しかし、これらの水質は、硝酸イオンを除くと飲用に障害となることはない。硝酸イオンは高濃度になると乳幼児が飲用したときにメタヘモグロビン血症を発症し、血液の酸素運搬能力を阻害するので、窒素肥料を多用する畑作地帯や果樹園付近の地下水を利用するときは注意が必要である。

図2 黒部川扇状地湧水群。生活用水として利用されている。

 また、カルシウムイオンとケイ酸は飲用で問題となることはないが、ボイラーの配管中にスケールを発生させる。そのため、扇状地下流域で地下水を利用している家庭の風呂釜は寿命が短いとの話を聞く。

 上述したような留意は必要であるが、もともと地下水は自然のろ過作用で濁りはなく、水質的にも優れ、「おいしい水」である。さらに,夏に冷たく冬は温かいというエネルギー上の利点もある。黒部川、常願寺川や庄川などの扇状地を中心に豊かな地下水環境が形成され、生活用水として利用されてきたことを富山県民として再認識したい(図2参照)。

とやまの水道

 次に、富山県の水道について見ておきたい。

 現在、日本全国で行われている浄水方法はおもに4種類ある。最も一般的なのは急速濾過法であり、原水を凝集沈殿と急速砂濾過で処理した後、塩素消毒を行う方法である。この方法は物理化学的な処理法であり、原水の濁りと細菌を除去することができ、凝集剤にはポリ塩化アルミニウムなどが使われる。大量の浄水処理が可能であり、富山県内では県営の和田川浄水場・子撫川浄水場、富山市流杉浄水場、砺波広域圏の松島浄水場など河川・ダム湖を水源とする大規模な浄水場で採用されている。

 二つ目の方法は緩速濾過法であり、原水を自然沈殿と「ゆっくり」の砂濾過で処理後、塩素消毒を行う方法である。ゆっくり砂濾過をすることにより細菌、原生動物、藻類などの生物の働きを利用する生物化学的な処理法であり、水質汚濁の進んだ原水には対応できないが、処理水質が優れていると言われている。富山県内の大規模浄水場では採用されていないが,近くでは金沢市の末浄水場で採用されている。

 三つ目の方法は1990年代以降普及が進んできた膜濾過法であり、高分子膜やセラミック膜による濾過で原水中の濁りを取った後、塩素消毒を行う方法である。簡易水道など小規模の水道で採用が増加してきている。富山市と氷見市の小規模浄水場で採用されている。

 四つ目の方法は塩素消毒のみ行う方法であり、原水が地下水など清澄な場合に利用可能である。富山県内には後で見るように地下水・湧水を水源としているところが多く、塩素消毒のみ行って供給している。

図3 富山県内水道の水源比率(2016年)

 図3は富山県内の水道の水源比率を示したものである。黒部川、片貝川、早月川の各扇状地の地下水などが利用されている呉東では、地下水・湧水の比率が100%である。富山市と立山町は常願寺川と地下水・湧水を水源としている。呉西では富山県営西部水道用水供給事業と砺波広域圏事務組合水道事業所からの供給を受けており、ダム・湖沼の比率が高い。

 富山県全体では、ダム・湖沼が39%、河川が33%、地下水・湧水が29%であり、日本全体のそれぞれ49%、25%、23%(その他3%)と比べると地下水・湧水の比率が大きい。富山県は水道の未普及率が6.9%とやや高く、そのほとんどは地下水・湧水を利用していることを考慮すると、地下水・湧水利用率は35%を超える。

 水道水源がダム・湖沼の場合で滞留時間が大きいと、富栄養化現象により藍藻類や放線菌が原因で水道水にカビ臭が着くことがある。富山県の水道水源のダム・湖沼は庄川合口ダム、和田川ダム、子撫川ダムの3カ所であるが、前二者は滞留時間が短く、水質的には河川に近い。子撫川ダムは滞留時間が長く富栄養化が問題になることがあるが、子撫川浄水場ではカビ臭対策として活性炭注入装置が設けられている。

 さて、2015年12月に富山市と立山町の水道水で異臭が大問題となったことを記憶されているだろうか。これは常願寺川上流域の有峰ダム周辺で大雨(立山町芦峅寺で日降水量124.5mm)が降り、森林土壌とともに土壌微生物が産生したカビ臭物質が流出したのが原因と考えられている。

 市民からの苦情や問合せが相次ぎ、富山市上下水道局は水質検査や活性炭の投入などの対策を取ったが、水質が戻り、苦情・問合せが収まるまで1週間程度かかった。上下水道局では、もちろん官能試験で臭気を検査するとともに機器分析によりジェオスミンや2-メチルイソボルネオールといったカビ臭物質を検査している。しかし、基準項目以外の臭気物質も多々あることを考えると、訓練を受けた臭気測定士ではないが40万人の市民の嗅覚を使って「測定」した市民の声というのは重要である。

 以上見てきたように富山県では安定した供給を目的にダム・湖沼の利用も多いが、豊かな水環境を形成し、「おいしい水」の源泉である地下水を水質的にも水量的にも保全し、未来永劫使い続けられることを願いたい。

おくがわ・こうじ
富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授。京都市出身。京都大学工学部衛生工学科で水質工学、公害・環境問題などを学ぶ。高校教諭の後、1979年富山県立技術短期大学衛生工学科助手、1989年富山県立大学短期大学部環境工学科助教授、2009年同工学部環境工学科准教授を経て現職。降水から河川・湖沼、地下水、汽水域・海域まで、水循環における種々の物質の挙動や管理手法を研究している。博士(工学)。

 

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